【祇園祭・鷹山復活】巡行復帰へ歩み着々 屋根と曳き綱を寄贈

 江戸時代に「休み山」となり、来年の祇園祭後祭(あとまつり)で巡行復帰を目指す鷹山(たかやま)で使用される屋根や曳き綱が、町内の専門学校などから鷹山保存会(中京区)に寄贈された。山本体も今月中の完成を目指しており、5月の大型連休中には試し曳きを行う予定。水引や胴懸といった山を飾る懸装品(けそうひん)も次々と完成しており、196年ぶりの巡行復帰に向けてさらに歩みを進めた。(田中幸美)

 屋根は、町内の京都医健専門学校を運営する学校法人「滋慶学園グループ」から平成29年から4年にわたり寄付を受け、昨年12月ごろから山本体を建造している安井杢(やすいもく)工務店(向日市)が制作。吉野産ヒノキ材を使用し、ほぼ完成した。大きさは、縦4・9メートル、横4・3メートル、高さ1・5メートルで、121片の木材をくぎを使わずに組み立てて仕上げる。

 山を曳く2本の曳き綱は、江戸期から鷹山を支援する町内の茶製造販売「ちきりや」から贈られた。本麻で長さ約50メートル、太さ約5センチ。さらに、府の補助金を利用して山を飾る赤とあさぎ色の絹製の房計31本も作られた。

 保存会の山田純司理事長(66)は「全国からのご寄付はもちろん、町内からのバックアップはうれしい。今年に入って(懸装品など)いろいろなものが完成していき、来年の巡行が確実に近づいている」と話した。

 鷹山は、江戸後期の文政9(1826)年の暴風雨で懸装品が大破して翌年から休み山となり、幕末の蛤御門(はまぐりごもん)の変の大火で山はほぼ焼けた。近年復活の機運が高まり、平成26年に囃子方を結成。翌27年には保存会を発足させて準備を進め、令和元年には唐櫃(からびつ)(木箱)の形で193年ぶりに巡行に参加した。

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