国土開発の先駆者、大阪を救った江戸の豪商、河村瑞賢 

わずか20日間の工事

 貞享元(1684)年に始まった工事については、「畿内治河記」に詳しい。

 九条島では、島の中ほどを両端まで開削し、幅約90メートル、長さ約3キロに及ぶ人工河川(新川、のちに安治川)を造った。

 現場は三角州の湿地のため、少し掘ると水が湧き出すような悪条件だった。このため、瑞賢は木の板数万枚を用意して現場通路として敷き詰め、足踏み式の揚水機(踏車)を数百基投入し、湧き出す水をかき出しながら、工事を進めた。作業員も万単位で集まり、能力・経験をもとにした組織編成を行って、効率的な作業を展開し、わずか20日間で完成させたという。

 4年間にわたる治水工事ではこのほか、淀川筋、大和川筋、宇治川で、流出土砂が作り出した外島の除去など流れを円滑にする事業や、淀川下流や大和川の川幅の拡幅、堂島川の掘立て、大阪にめぐらされた堀約45キロ余りの拡幅・整備などが行われた。

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