張り巡らされたのろしの通信システム、飛鳥を防衛

 一方、高安城から直接、都や都付近の烽に連絡が届いたことも考えられ、都の防衛システムを研究する奈良大の相原嘉之准教授は大和三山の一つで、ランドマークといえる畝傍山(橿原市)にも烽があった可能性を指摘する。     

 佐田タカヤマと同じ遺構は、平成14年に南約600メートルの森カシ谷遺跡(7世紀後半)でも出土。現在、遺構は失われているが、深さ2メートル以上の穴と建物跡、柵跡などが確認された。紀伊国に通じる官道・紀路(きじ)沿いで、規模は佐田タカヤマより大きい。

 穴の中から灰などは見つからず、当時は砦跡と判断されたが、今から考えると森カシ谷ものろし台の可能性が大きいという。  

 橿考研の山田指導研究員は由良大和古代文化研究協会から支援を受けて烽のネットワークを研究しており、「詳しい現地調査を行ってその姿を明らかにしたい」としている。

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