立花宗茂の再封400年で特別展 福岡・柳川市

 「関ケ原の戦い」で西軍につき改易された武将の中でただ一人、旧領に返り咲いた立花宗茂(1567~1642)が福岡・柳川に再封され今年で400年になるのを記念し、福岡県柳川市の柳川古文書館と立花家史料館で特別展「復活の大名 立花宗茂」が開かれている。いずれも2月7日まで。(永尾和夫)

 宗茂は大友宗麟の家臣、高橋紹運(じょううん)の長男。立花城(福岡市東区周辺)の城主だった立花道雪の養子になり、娘の●(=門がまえの中に言)千代(ぎんちよ)と結婚して立花城主に。豊臣秀吉の九州平定に加わり、島津氏と激戦。軍功で天正15(1587)年に筑後国3郡13万石の領地を与えられた。

 柳川城を居城に戦上手で「西国無双」とされたが、関ケ原の戦いで西軍についたため領地を没収された。浪人生活を経て奥州・棚倉(現福島県棚倉町)1万石の大名として復活。大坂の陣での活躍などで旧領の柳川に再封され、元和7(1621)年2月に柳川城に戻った。秀吉が「誠に九州の一物」と評した宗茂。同藩の儒学者、安東省菴はその人柄を「おだやかで率直。寛大で温厚」とし、戦場では奇襲と正攻法を自在に組み合わせ「城を攻めれば必ず取る」と「立花戦功録」に書き残している。

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