「オレは絶対に悪くない!」という“他責おじさん”が、なぜ出世するのか

 何か問題が起きれば、また誰かのせいに

 そのあたりの異常さを内部で目の当たりにしたのが、下級将校としてフィリピンで終戦を迎えた評論家の山本七平氏だ。山本氏は戦後、米軍の捕虜収容所にとらわれたのだが、そこでひょんなことから、自分たちのことを互いに「閣下」と呼び合うような上級士官たちが収容されている将官収容所に軽作業のために通うことになる。

 終戦の10カ月前に少尉になった山本氏からすれば「閣下」はみな雲上人(うんじょうびと)だ。しかも、彼らの理不尽な命令で玉砕や、自決を命じられた戦友もたくさんいる。いったいどういう思いで「閣下」と顔を合わせればいいのかと複雑な思いを抱きながら、将官収容所に行った山本氏は呆気にとられる。思いのほか、閣下たちが明るく、山本氏にもフレンドリーで、「奇妙に和気藹々(わきあいあい)」としていたからだ。

 戦争に敗れて悔しがっているわけではなく、多くの部下を失ったことで血の涙を流しているわけでもない。中には「やれやれ、山本さんよ、日本が徹底的に負けてよかったな」なんて軽口を叩く「閣下」もいた。山本氏は以下のような戸惑いを記している。

 『なぜあの人たちが指揮官でありえたのだろう。なぜあの人たちの命令で人びとが死に得たのであろう。(中略)では何かの責任者だったのか、それならば最低限でも「部下の血」に対する懊悩から、こちらが顔をそむけたくなるような苦悩があるはずだ。(中略)そういう苦悩があるとさえ感じられない。一体この人たちは何なのだろう。まるで解放されたかのように、この現在を享受しているかのように見えるこの人たち』(一下級将校の見た帝国陸軍/文春文庫)

 山本氏が違和感を覚えた旧日本軍の「他責おじさん」の中には戦犯として裁かれる人もいたが、その多くは先ほども述べたように日本へ戻って役所や企業に入り込んでいく。そして、軍隊時代と同じく、何か問題が起きれば、また誰かのせいにしてひょうひょうと生きてきた。

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