カトリック司祭、アルフォンス・デーケンさん 上智大学で教鞭、日本に「死生学」広める

ドクター和のニッポン臨終図巻

 この連載は、著名な日本人の死を毎週書くことにしていますが、先月死去された台湾の元総統、李登輝さんに続き、今週はこの人の死を書かないわけにはいきません。

 上智大学名誉教授でカトリック司祭、日本に「死生学」という学問を広めてくださったアルフォンス・デーケンさんが9月6日に帰天されました。享年88。死因は、肺炎との発表です。

 「私はドイツで生まれたけれど、心は日本人。日本に骨を埋めようと思っています」と日頃からお話しされていました。

 1932年にドイツで生まれ、59年にイエズス会の派遣によって来日。65年に司祭になった後、ニューヨークの大学院で哲学博士の学位を取得して再来日。73年に上智大学文学部教授に就任すると、日本で初めて、死の教育を実践的に行われました。

 仏教の国である日本がなぜ、カトリック信者である西洋人から死を教わらなければならないのだろう? 若かった私は日本でのデーケンさん人気を疑問に思ったこともありました。

 しかし、デーケンさんが死の教育を追求したのは、彼が8歳のときに4歳の妹さんを亡くされたことにあると知り、見方を変えました。さらに12歳のとき、ドイツが降伏。デーケンさん一家は、もともと反ナチス思想だったそうです。そして大戦が終結し、連合軍を歓待するため街で出迎えていた最愛の祖父が、幼きデーケンさんの目の前でその連合軍に射殺されるという恐ろしい光景を目の当たりにしています。悲しく、やるせない死を経験したからこそ、デーケンさんは「死生学」を生涯のテーマとして選ばれたのでしょう。

 私もよく、「なぜ『死』をライフワークにしようと思ったのか?」と人から訊かれます。それは自分がまだ子供で無力だったとき、家族の辛い死を経験したからです。日本には、「秘すれば花」という文化があり、悲しいことも辛いことも言葉に出さず、自分の内に秘めることを良しとしてきましたが、デーケンさんは、「死」への恐怖や悲しみを積極的に言葉にし、他者と共有することで乗り越えようと訴え続けました。そこに宗教の壁など、あるわけがない。悲しみを乗り越えるために私たちができること…デーケンさんが日本に植えてくださった死生学を、さらに普遍的なものに広げていかなければと、彼が遺したこの言葉を今、噛み締めています。

 〈旅立つ者にとっても見送る側にとっても、別れは悲しく辛い。しかし「良き死」は、逝く者からの最後の贈りものとなる〉

 デーケンさん、素晴らしい贈り物をありがとうございました。

 ■長尾和宏(ながお・かずひろ) 

 医学博士。東京医大卒業後、大阪大第二内科入局。1995年、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで「人を診る」総合診療を目指す。この連載が『平成臨終図巻』として単行本化され、好評発売中。関西国際大学客員教授。

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