トルコ・エルトゥールル号遭難事故130年、和歌山・串本で式典 コロナ禍で規模縮小

 明治23(1890)年に和歌山県串本町の樫野崎沖で、トルコの軍艦「エルトゥールル号」が遭難、587人が死亡した海難事故から130年を迎えた16日、遭難現場に近い慰霊碑前で、追悼式典が開かれた。当初はトルコ本国関係者らを招待して大規模な式典を催す予定だったが、新型コロナウイルス感染防止のため大幅に縮小、オンラインの会議システムを利用して営まれた。

 町によると、エルトゥールル号はトルコの親善使節団を乗せて明治23年6月、横浜港に到着。東京に滞在した後、9月15日に横浜港を出港。翌16日に樫野崎沖を航行中に台風に遭遇し、587人が死亡したが、地元の人たちが救助などにあたり、69人が助かった。

 遭難現場近くでの追悼式典は5年ごとに、昭和天皇が行幸された6月3日に営まれていたが、今年はコロナ禍で延期。遭難日の9月16日に近年、毎年小規模な式典が続けられており、今回はこの日に開催した。

 当初は複数のトルコ本国関係者を招き、トルコ軍楽隊や海上自衛隊音楽隊のコンサート、さらに海自の船上での献花も予定されていたが、いずれも中止に。田嶋勝正町長と直子夫人、結城力町議会議長、地元の区長ら7人のみが出席した。

 式典は大使館関係者などをオンライン会議システムでつないで営まれ、まず全員が黙祷(もくとう)。東京のイスラム教寺院「東京ジャーミイ」のビデオでイスラム教式礼拝も行われ、参列者がそれぞれ献花した。三笠宮彬子さまはオンラインで参列し、式典について「日本とトルコの友好の歴史の一ページに刻まれる特別な出来事になることでしょう」と述べられた。

 またハサン・ムラット・メルジャン駐日トルコ大使はビデオレターのメッセージで130年前の事故について「惨事として歴史に刻まれながらも、一方で両国民の間に世界で他に類を見ない友情を生むきっかけとなりました」と話した。

 最後に田嶋町長は、130年前に救助にあたった地元の人たちにふれ、「両国の絆は世代を超えてはぐくまれ、両国の友好関係を支えている」と語った。

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