19世紀のドイツ製地図に竹島 日本領記載 島根大・舩杉准教授が初確認

 韓国による不法占拠が続く竹島(島根県隠岐の島町)が日本領として記載された19世紀のドイツ製日本地図を、島根大学の舩杉力修(ふなすぎりきのぶ)・准教授(歴史地理学)が確認した。同様の地図はイギリスで確認されているが、ドイツ製のものは初めて。1905年に島根県に編入される前から竹島が国際的に日本領と認識されていたことを改めて示す貴重な資料という。

 地図は、独政府から委託を受けて調査のために1873年~75年に来日した地理学者、J・ライン博士(1835-1918年)が日本の産業についてまとめた記録本(1881年発行)の付録資料として収録。1880年製作と表記された「日本地図」で、竹島は「ホーネット島」(竹島の英語名)として日本海上に日本領として描かれていた。

 舩杉准教授が東京都内の古書店で発見。調査の結果、日本の国会図書館にもこの地図の1903年の改訂版が保存されていたことも分かった。改訂版では、竹島の地形がより正確に描かれていた。

 日本では古くから竹島の存在を認識しており、江戸時代には幕府公認で漁業を営むなどの経済活動も実施。1905(明治38)年1月の閣議決定で、竹島を島根県に編入した。舩杉准教授によると、韓国側は自国に不利な地図は意図的に排除しているといい、「竹島が国際的にどう認識されていたかを示す重要な資料だ」と話している。

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