CAの接遇経験生きる看護師に 一生続けられる仕事を!!

【セカンドキャリアの達人に聞く】さくらだ眼科(千葉・富津)看護師・視能訓練士、事務長 桜田志乃さん

 千葉県富津市の眼科クリニックで看護師、視能訓練士そして事務長の一人三役を務める桜田志乃さん(53)。病院長である医師の夫とともに病院を切り盛りする。2人の子の母でもある。

 桜田さんの前職は、航空会社の国際線CA(客室乗務員)。幼い頃からCAには漠然と憧れを抱いていたが、大学4年生になり就職を真剣に考えたとき、「自分には、体を動かして人と接する仕事が向いている」と、決意を固め、航空会社を受験。1989年、全日本空輸に入社した。

 「CAの仕事でハードだったのは、過酷な人間関係ですね。苦手な人がいても自分の気持ちをコントロールする。それから、フライトに必要な情報や知識を事前にインプットする準備も毎回大変でした」

 95年に結婚。2年後に長男を出産した。育児休職後、職場復帰。実母と義母の協力を得ながら約2年間は「ママさんCA」として子育てと仕事に奮闘した。だが、当時は育児しながら働くCAに対するサポート制度や環境整備が現在ほど充実していなかった。

 「国際線に乗務していると、日本にいられるのは月に10日。フライトで海外にいる間は、子供を預けっぱなし。子育てと仕事の両立がだんだんキツくなって。仕事を終えて久しぶりに帰宅すると、子供から『ママ』という言葉が出てこなくて『ばあちゃん』と言いかけたりして、あぁ、もう限界かなと思いました」

 2001年、12年間勤めた会社を退職。その後3年間は専業主婦として育児に専念した。

 子供が小学校に入学するのを機に自身のキャリアについて考えた。

 「次は一生続けられる仕事がしたい」

 CAの経験も生かせて、年齢を重ねても続けられ、専門性がある仕事は何だろう? 頭に浮かんだのは、長男を出産した際にお世話になった助産師だった。

 「当時その助産師さんは50代くらいだったと思うんですが、その人が重ねてきたであろう経験が外見や仕事ぶりにも現れていて、おかげで安心して子供を産めたんです。年齢やキャリアを重ねることがマイナスにならない仕事だと思いました」

 桜田さんは、助産師になるために必要な看護師免許を取得するため、看護専門学校に入学した。

 「想像以上に勉強は大変でした。3年間、朝から晩まで」

 勉強漬けの最終学年、桜田さんに控えていたのは、看護師国家試験、そして出産だった。

 「2月の国家試験を受験するときには、結構お腹が大きくなっていました」

 合格後、5月に第二子を出産。助産師になるためには、さらに助産師教育機関に進まなければならない。当初の計画から少し方向転換し、看護師として就職することにした。翌年、病院勤務をスタート。41歳での看護師デビューだった。

 11年には、医師の夫が眼科クリニックを開業することに。桜田さんも当時勤めていた病院を退職、看護師兼事務長として夫とともにクリニックを運営することにした。

 「夫婦で一緒に働くことになるなんて結婚当初は想像もしていませんでした」

 18年には、視能訓練士の国家資格も取得している。

 CA時代に培った接遇力やチーフパーサーとしてチームをまとめるマネジメント力は、今のクリニックの運営にも生かされているという。

 ホスピタリティーを大切に、眼科の病気そのものを治療するだけでなく、患者さんの人生に寄り添い、よりよい医療を提供できるクリニックにしたい。それが桜田さんの現在の目標だ。(ジャーナリスト・渡辺タカコ)

 元CAが、いかにセカンドキャリアを築いているかその奮闘ぶりを自身も元CAである筆者が4回にわたってルポします。

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