「病院で死にたくない」生き方と逝き方を貫いた 女優・木内みどりさん

【ドクター和のニッポン臨終図巻】

 『巻子の言霊』という作品を知っていますか?

 理不尽な交通事故に遭い寝たきりになった松尾巻子さんと夫の幸郎さんの物語を、ノンフィクション作家の柳原三佳さんが紡いだ一冊です。全身麻痺となった巻子さんが唯一動かせたのは、瞼と眼球。それでも幸郎さんは、妻との会話を諦めませんでした。

 巻子さんが瞼を二度閉じたときは、「はい」。一度のときは、「いいえ」。その後、会話補助装置の文字を一つ一つ追うことで、巻子さんとの会話を深めます。しかし、最初に巻子さんが瞬きで伝えた一文は、「こ・ろ・し・て・く・だ・さ・い」だったのです。

 交通事故の悲劇とともに延命治療の現実を問いかけた本作は、その後NHKでドラマ化されました。

 このドラマで巻子役を演じたのが女優の木内みどりさんでした。

 11月18日、69歳で逝去。死因は心臓突然死との発表です。

 先週のこの連載、俳優の滝口幸広さんのときも触れましたが、突然死とは瞬間的な死、あるいは急性の症状が現れてから24時間以内の自然死のことをいいます。

 木内さんは、死の直前までお元気でした。朗読の仕事のため広島を訪れていた最中の死でした。

 夫の水野誠一氏のフェイスブックによれば、懇親会で飲み語り合い、散歩をしながらホテルに戻ったそうです。その数時間後に、部屋で亡くなったとのこと。

 心臓突然死とは、急性心筋梗塞や致死性不整脈などが起きて心停止、そして脳に血液が循環せずに死に至ることです。発症後1時間以内に亡くなる人が多いようです。

 私は、先の『巻子の言霊』がご縁で、木内さんにはとてもお世話になっていました。5年前、この作品の語り講演を尼崎の市民フォーラムでしてくださったとき、その迫力に鳥肌が立ちました。

 歯に衣(きぬ)着せぬ政治的発言も多いので評論家のように見ていた部分もあったのですが、スゴイ役者さんだ! と改めて感動したのです。

 木内さんは、私が副理事長を務める日本尊厳死協会の会員になられていました。以前、会報誌でこんなことを仰っています。「父が病院の事故で亡くなったとき、病院や医療の恐ろしさを実感しました。病院では死にたくないと思いました。10代の頃から、いつも自分らしくいたいという気持ちがすごくあって、自分の人生の最期の決定権は持っていたい、医療者の勝手にされたくないと…」

 病院で死にたくない。そう願っていても最期は病院のお世話になる人が大半ですが、木内さんは見事に御自身のリビングウイル(生前の意思)を貫きました。

 あまりに突然で、あまりに潔く、残された者は寂しさが募りますが、木内さんらしい生き方と逝き方を貫かれたことに感動しています。

 ■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。東京医大卒業後、大阪大第二内科入局。1995年、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで「人を診る」総合診療を目指す。この連載が『平成臨終図巻』として単行本化され、好評発売中。関西国際大学客員教授。

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