古都で縁深い人々、心待ちに…両陛下26日から奈良京都ご訪問

 皇位継承に伴う一連の国事行為「即位の礼」と、一世一度の重要祭祀「大嘗祭(だいじょうさい)」を終えた天皇、皇后両陛下が26日から28日にかけて奈良と京都を訪問、奈良県橿原市の神武天皇陵、京都市の孝明天皇陵と明治天皇陵で、即位を報告する「親謁の儀」に臨まれる。皇室と縁深い2つの古都の関係者は、即位後初のご訪問を心待ちにしている。

 ■「自然に深いご理解、敬服」皇太子時代の奈良・大峯連峰登山随行者

 170回以上の登山経験を持つ天皇陛下は、皇太子時代の平成2年6月、奈良県の大峯連峰を登られた。同県天川村の助役だった当時、案内役を務めた桝谷豊文さん(85)は「修験道の文化や高山植物などの自然に強い関心を示されていた」と振り返る。

 3日間にわたり、標高1719メートルの大峰山(山上ケ岳)や1915メートルで近畿最高峰の八経ケ岳などの大峯奥駈道(おくがけみち)を歩かれた陛下。大峯奥駈道は、修験道の開祖としてあがめられる役行者(えんのぎょうじゃ)が修行場として開いたとされる。桝谷さんは、行場で陛下に「表の行場はこれで終わりです」と伝えると、「裏もあるのですか」と関心を示されたことが印象に残っているという。

 行者の格好をした登山者とすれ違った際には、その姿をカメラで撮られていた。山に対して強い好奇心を示された一方、「随行者らへの気遣いはたいへんこまやかだった」と話す。

 天皇陛下は、日本山岳会が平成28年9月に発行した機関誌「山岳」に「歴史と信仰の山を訪ねて」と題したエッセーをご寄稿。このときの裏行場での体験などに触れ、「修験の山についての理解をさらに深めることができたように思う」と述べられている。

 天川村企画課職員だった植村正和さん(64)は、猟を通じて山をよく知っていることから随行員に抜擢(ばってき)された。約2年前から登山コースの調査に取りかかったが、宮内庁からは「ありのままを楽しまれるので、自然のままにしておいてほしい」と話があったという。「長距離のハードな行程でしたが、陛下は健脚で疲れた様子を一切見せられず、終始さわやか。僕らにもおはようございますとお声かけいただき、分け隔てのない、温厚なお人柄もとても印象的でした」

 1泊目は大峯山寺の本堂寺務所、2泊目は標高1895メートルの弥山山頂付近にある弥山小屋に宿泊された。「天皇陛下は、おにぎりやフキのつくだ煮など、行者さんが食べるものと同じ食事をされていました。おなかもすかれるだろうと考え、家族で作った村特産の朴の葉寿司(ほおのはずし)を持参したのですが、それをおいしく食べていただいたと聞き、今でもうれしく光栄に思っています」

 村役場を退職後、獣害化するイノシシやシカの処理施設を村内につくり、若者に猟を指導している植村さんは「天皇陛下の自然に対する深いご理解に敬服しており、今後も関心を寄せ続けていただけたらありがたい。ご縁のある奈良に来られることをうれしく思います」と話した。

 ■「京都と皇室、今後もよい関係で」両陛下案内の二条城関係者

 「私の目をのぞき込むようにして説明を聞いてくださり、緊張させないようにとの最大限のお気遣いを感じました」

 平成29年に国際フォーラムの閉会式に臨席するため1泊2日の日程で京都市を訪問した両陛下は、あわせて二条城(同市中京区)を視察された。案内した二条城事務所長の北村信幸・市文化芸術政策監(56)は、当時の両陛下のご様子をこう振り返る。

 皇后さまの体調によっては来城を取りやめる予定もあったが、当日は元気そうな姿で穏やかな表情を浮かべられていたという。

 雨の中、二条城を訪れた両陛下は、大政奉還が行われた大広間がある国宝・二の丸御殿などを見学された。大広間は将軍が着座する「一の間」と大名が座る「二の間」からなる。「(天皇陛下が)『大広間は何畳ですか』とお尋ねになり、まさか大きさを聞かれると思わなかったので、ど忘れしてしまいました」と北村さん。結局思い出せずに別のスタッフに耳打ちされてようやく答えることができたという。

 また、御殿内にある狩野派が描いた虎の障壁画について、仏教書などを参考に描かれたためにネコのような顔をしているという説明をすると、皇后さまは廊下から室内をのぞき込んで「ユーモラスな顔をしていますね」と感想を述べられたという。それまでは時折うなずきながら静かに説明を聞かれていたが、「特にご興味を持たれたご様子だった。当時日本にいなかった虎を描いたことを面白いと思われたんでしょう」。

 両陛下をご案内したことは「大変名誉なこと。最大のことはできたと思う」と北村さん。2年ぶりとなる京都ご訪問に「京都と皇室とのつながりを改めて認識する機会になる。京都に生きる人間として、1200年の歴史を大切にしていかなければならないという覚悟のようなものを感じます」。そして「皇室と、さまざまな文化の根底となる王朝文化を受け継いできた京都が、今後もよい関係であり続ければ」と語った。

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