91歳母あやめて焼身自殺 介護に疲れた60歳男性が直面した現実

【深層リポート】 

 「10連休」で沸く今年のゴールデンウイーク、秋田県で60歳男性が焼身自殺し、自宅では91歳の母親が首を絞められ亡くなっていた。認知症の母親の介護を苦にした男性が母親を手にかけて自殺した事件とみられているが、そう単純でもなかった。

認知症、施設なじめず

 5月4日昼、海に近い道路わきに止まった軽乗用車内から、灯油をかぶり焼身自殺した男性の遺体が見つかった。車で数分の自宅では、母親がベッドで首を腰ひもで絞められ亡くなっていた。布団が掛けられ、顔にもきちんと面布がかぶせられていた。

 警察は3カ月にわたる捜査の結果、男性を被疑者死亡のまま殺人容疑で書類送検。検察は不起訴処分とした。

 男性は母親と2人暮らしだった。母親は一昨年から認知症の兆候が出て、買い物の支払い計算ができなくなった。通っていた老人施設が廃業し、別の施設はなじめずに通わなくなった。そして夏の猛暑で熱中症になり入院した。

 近所の商店主は「秋に果物を配達すると、母親がソファで横になり、耳も遠くなっていた」と振り返る。男性は母親のために玄関や廊下の段差にスロープを作り、手すりを設置。母親の好きな庭の花壇や菜園を手入れした。

 昨年秋、母親の世話に追われ出勤できない男性を、勤め先の担当者が訪ねた。ほどなく男性は会社を辞めた。

 このころから、男性は朝早く自宅裏で使い捨ておむつを燃やすようになる。排泄物(はいせつぶつ)は尿だけではないようで異臭がすることもあった。「みっともないからごみには出せない」と話していたという。

 それでも男性は今春、神社の氏子総会に役員として出席。庭に茂る桜の脇にログハウス風の小さな小屋を自分で建て「花見をするんだ」と話していたという。

 離れて暮らす男性の姉は「母は尿漏れに備えパンツ型おむつを着けていたが着脱は自分ででき、連休前にひ孫を連れて行ったときも自力で立って歩いていた」と振り返り、「事件のとき、自宅の食卓には夕食の準備が整えられていた。弟がしたのでしょう。それがなぜ…」といぶかる。

真面目過ぎて…

 介護問題に詳しい拘束廃止研究所長の田中とも江さんは「認知症でもたまに会う人には、しっかりしているように見せる。排泄の世話は特に母親と息子だと難しい面がある。男性は認知症や介護を理解するより『何でこんなことに』と思い、それを“親の恥”として隠し、周囲に助けを求めない傾向がある。認知症患者も介護を急に拒絶することがある。切羽詰まった中でそうなると、思い余ってということがよくある。介護保険制度がうまく活用されていない日本の問題です」と話す。

 当時の民生委員は、介護保険を利用しなかった男性を「真面目過ぎて自分で抱え込んだのだろう。利用を強く勧めればよかった」と悔やむ。

 母親に「もう死にたい」と懇願された可能性も否定しない田中さんは「どちらにしても、死んでおわびするほどつらかったのでしょう」と、男性の苦悩を代弁する。

介護保険と介護事件 介護保険は高齢化に対応して40歳以上が加入する制度で、昨年4月時点の65歳以上加入者は約3500万人。一方、厚生労働省の平成28年度調査では、在宅介護での高齢者虐待は1万6770人に上った。男性と母親のように介護保険制度が活用されていない実態も浮かび、うち28%は要介護認定申請すらしておらず、認定されていても約14%はサービスを受けていなかった。

記者のひとりごと

 私も男性と同い年で、2人暮らしの母を6年前に亡くした。介護する間もなかったが、もし下の世話をすればどうだったかと、今も考える。子とはいえ男の私が母の下を清拭(せいしき=病人などの体をふいて清潔にすること)するのは母にも苦痛だったろう。

 それに、大変な苦痛を伴うとされる焼身自殺を、なぜ男性は選んだのか、心が痛み続け、2人への供養の思いで取材した。盆明けに自宅を訪ねると、庭に白い彼岸花が2人を弔うかのように咲いていた。きちんと手入れされた母屋や庭の様子、親類や知人の話から、男性の人となりが少し分かった気がした。

 「2人のためにも介護問題の難しさを知らしめて」という親類に教えてもらった墓には、真新しい塔婆が2本並んでいた。眼下に輝く日本海を眺めながら、再び親子で穏やかに過ごしているであろうこと、そして姉が見た男性の死顔が「すすけていても苦しんだようには見えなかった」ことに、救われた気がした。

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