ノーベル化学賞・吉野彰氏の“素顔”と成功までの「3つの壁」

 パソコンやスマートフォン、電気自動車から小惑星探査機「はやぶさ2」まで、現代の生活になくてはならないリチウムイオン電池の開発で今年のノーベル化学賞に決まった旭化成名誉フェローで名城大教授の吉野彰さん(71)。部下に「よっちゃん」と親しまれ、酒とカラオケを愛するサラリーマン研究者は、「3つの壁」を乗り越えて世界を変える新技術を生み出した。

 日本人のノーベル賞受賞は27人目で、昨年、医学生理学賞に選ばれた本庶佑(ほんじょ・たすく)京都大特別教授(77)に続く快挙。

 吉野さんは大阪府吹田市出身。府立北野高から京都大工学部、同大学院から旭化成工業(現旭化成)に入社。電池材料事業開発室長などとして研究を続けた。2017年から同社名誉フェロー、名城大教授を務める。

 ■一回り以上離れた部下と「飲み友」

 阪神タイガースファンで、週末はテニスを楽しむ吉野さん。30年来の付き合いがある津端敏男さん(55)にとって、吉野さんは上司というより「飲み仲間」だ。一回り以上年上の吉野さんを「よっちゃん」と呼ぶ。

 吉野さんは部下にプレッシャーを与えないため、「飲み屋で待ってるぞ」と言い残して真っ先に職場を出ていた。マイクを握って歌手の前川清(71)になりきる吉野さんに、仕事を終えて駆け付けた部下がコーラスをつける夜が繰り返された。

 ■ユーミン、中島みゆき熱唱「シンガー・ソングライターは研究開発にも通じるものが」

 受賞決定から一夜明けた10日朝、TBS系情報番組『あさチャン』に生出演した吉野さんは、カラオケで中島みゆき(67)や松任谷由実(65)の曲もよく歌うといい、「自分で作曲して作詞するシンガー・ソングライターは研究開発にも通じるものがある」と笑顔で答えた。

 研究は順風満帆だったわけではない。吉野さんはビジネスで成功するために乗り越えなければならない「3つの関門」を説く。最初に経験するのが、基礎研究の段階の「悪魔の川」。ここで大半のプロジェクトが対岸まで泳ぎ切れずに脱落する、つまり研究段階で終わってしまう。

 開発研究に進むと待ち受けるのが「死の谷」。次々と問題が立ちはだかり、事業化の前にここでも大半が脱落する。吉野さんは「この段階では、なるべく人手をかけないことだ」とアドバイスする。事業化の道筋が見えて初めて、人材と予算をかけるのがよいやり方だという。

 最後が「ダーウィンの海」の段階。努力が実って事業化にこぎつけたものの、市場で見向きもされない段階だ。生物進化の過程で起こる自然淘汰(とうた)になぞらえて、生物学者ダーウィンの名がついている。

 リチウムイオン電池の場合、出荷が伸び始めるまで5年ほどかかった。

 「将来ぜひ、この3つ壁を完璧に乗り越えていただきたい」と、吉野さんは若者にエールを送った。

「企業研究者が受賞する21世紀型」

 ■NPO法人21世紀構想研究会理事長で科学ジャーナリストの馬場錬成氏の話

 「21世紀以降のノーベル賞は、原理原則の発明・発見だけでなく、発明された技術が世の中の発展にどれだけ貢献しているかが重視されるようになっている。リチウムイオン電池の実用化の貢献はその条件にぴったりだった。企業の研究者がノーベル賞を受賞するのは『21世紀型』だが、基礎的研究で世界をリードしていなければ、実用化でも後手に回る。日本の過去の研究成果でノーベル賞が出ていることはいいが、基礎研究を重視する政策目標を国家として持続しなければ、今後も世界の科学研究の先端で勝負するのは難しい」

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