ノーベル化学賞の吉野氏、入社から9年で3つの“失敗”

 リチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞に輝いた吉野彰氏は9日、東京都千代田区の旭化成本社で開かれた会見に出席した。若い研究者らにエールを送ったが、実は吉野氏自身、入社から9年間は失敗続きだったという。吉野氏は、「NHKカルチャーラジオ 科学と人間 電池が起こすエネルギー革命」(NHK出版、2017年)のなかで、成果が出なかった研究の数々を率直に明かしている。

  吉野氏は1972年に同社に入社。そこで与えられた職務は、シーズ(技術の基礎となる新しい事象)を見出す探索研究だった。具体的には、新しい物質や化学反応などを発見し、製品の“種=シーズ”を育てていくことだったという。

 最初に取り組んだのは「安全合わせガラス用中間膜」。2枚のガラスを当時開発中のプラスチックで挟み、自動車のフロントガラスなどが割れても破片が飛び散らないようにする研究だったが、性能不足などのため2年で失敗してしまう。

 次のテーマは「不燃性高断熱性材料」の開発。住宅の壁などに新素材を使い、外気が室温に影響しないようにして、冷暖房による環境への負荷を小さくするのが狙いだったようだが、こちらも2年で失敗。省エネという当時の「ニーズ」に合わせたが、前の失敗と合わせて「研究はシーズがしっかりしていないとうまくいかない」という教訓を学んだ。

 3つ目の、殺菌や浄水の新システムを開発する「一重項酸素を利用した新システム」というテーマは社内評価も高かったが、4年目で「撃沈」。シーズは独創的だったが「今度はシーズに偏り過ぎて、ニーズを明確にしないまま研究を続けたのが敗因」だったという。

 だが81年、33歳になっていた吉野氏に転機が訪れる。4つ目のテーマ「導電性高分子の研究」は電気が流れない高分子化合物(プラスチックなど)に電気を流す研究だ。

 当時、吉野氏が注目したのは、およそ20年後の2000年にノーベル化学賞を受賞する白川英樹氏が発見した「電気が流れるプラスチック」、ポリアセチレン。京都大学で白川氏と共同で研究していた恩師のもとに通い詰めて合成方法を教えてもらい、ポリアセチレンが再利用可能な「二次電池」になりうることに強い関心を持った。これがリチウムイオン電池の開発につながったという。

 吉野氏は会見の席で、新規事業を成功させるために乗り越えるべき3つの関門について話した。3つの関門とは(1)さまざまな試行錯誤を経て発明に至るまでの基礎研究に悩まされる「悪魔の川」(2)安全性テストなどの課題解決に追われて事業化が決定するまで苦労が続く「死の谷」(3)製品を出しても市場が立ち上がるまで注目されない「ダーウィンの海」。

 リチウムイオン電池の場合は「悪魔の川」に漕ぎ出す前に長い時間と失敗を要している。一つのプロジェクト大成させるために、失敗したら方向転換して何度でも挑戦し、最後まであきらめるな--というのは、研究者のみならず多くのビジネスパーソンにも共通する教訓だろう。

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