せん妄の直接原因の1つが「睡眠薬」 高齢者の転倒を予防する“非薬物療法”

手術や入院時に覚えておきたい「せん妄」のリスク

 入院中や手術後の高齢者で注意しなければならないのが転倒だ。ご存じのように、転倒による骨折は「寝たきり」になる大きな原因の1つ。日本医科大学武蔵小杉病院精神科の岸泰宏教授は、せん妄は病院内での転倒と最も関連性があるという。

 「院内の転倒の96%がせん妄と関係する、という研究報告もあります。しかも、そのうちの8割がせん妄と診断されていなかった、とも報告されています」

 せん妄の直接原因の1つは薬剤であり、中でも睡眠薬がせん妄を引き起こしやすい。それならば、高齢者などの、せん妄のリスクが高い人には睡眠薬を投与しなければいいのでは? という推測も成り立つ。しかし岸教授は、不眠だけでも高齢者は転倒するという。

 「転倒の予防で大切なことは、きちんと眠れるようにすることです。そのためには、睡眠の環境を整えることがものすごく大事です。その上で、どうしても必要だという場合に、転びにくい薬を使うのがいいでしょう」

 岸教授は、転倒やせん妄を予防するためには、次のような非薬物療法を、系統立てて根気よく続けていくことが大切だと話す。1つは、アメリカの病室で行われている「HELP」というプログラム。65歳以上の患者に対して、認知の維持、睡眠補助、運動、視力・聴力の補正、脱水の補正を行う。

 具体的には、看護師や家族、ボランティアが、認知の維持のために、患者の名前やその日のスケジュールを書き記したり、いま自分がどういう状況にあるのかの認識を維持したり、再建するための会話をしたりする。

 睡眠の補助は、就寝時にミルクやハーブティーなどの温かい飲み物を飲ませる▽リラックスする音楽を聴かせる▽マッサージする▽病棟の騒音を減らしたり、服薬や処置の時刻を調整したりする-など。

 視力・聴力の補正は、入院中だからと外しがちなメガネやコンタクトレンズ、補聴器などをしっかり装着することで、視力や聴力を維持する。大きな文字の印刷物にすることや耳掃除も大切だ。

 岸教授は、HELPを実施した群と実施しない群を比較した研究で、せん妄を60%も減らせたという報告などがあるほど、高いエビデンスがあるという。

 また、ICU(集中治療室)では、「ABCDEF」という次のような予防も行われている。

 A…毎日の覚醒トライアル

 B…毎日の呼吸器離脱トライアル

 C…AとBの併用、薬物の選定

 D…せん妄のモニター

 E…早期離床と運動療法

 F…家族の寄り添いと励まし

 HELPやABCDEFの内容の1つひとつは基本的で、本人や家族ができることもたくさんある。何よりこれらは他のどんな治療法、予防法よりも高いエビデンスがある。しかし、多くの病院ではやっていないと岸教授はいう。

 「これらの1つひとつは、医師や看護師が、すでにやっていると思っていますし、やっていることもあるでしょう。しかしこれらは単純な組み合わせであるゆえに、系統だって持続的に実施されていないのです」

 せん妄の予後の悪さ(健康寿命を短くする)や、入院を長引かせる医療経済的な問題を考えれば、診療報酬が発生する専門のチームを作る方向に行くべきで、今後の問題だ。それと併せて、患者本人や家族にこうした知識や意欲があれば、せん妄の予防の大きな助けになるだろう。

 次回は、せん妄が大きく影響する「集中治療後症候群」。(石井悦子)

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