駿府城跡近くで戦国末期の遺構発見 重臣クラスの武家屋敷か

 徳川家康が晩年を過ごした駿府城(静岡市葵区)の跡地に隣接する旧青葉小跡地で戦国時代末期の武家屋敷跡とみられる石垣と道路が出土した。静岡市の田辺信宏市長が12日の定例記者会見で発表した。市によると、戦国期の道路と武家屋敷跡が残っている遺構は、特別史跡一乗谷朝倉氏遺跡(福井市)や二条城(京都市)など数件しか確認されておらず、戦国時代の城下町の様子をうかがわせる貴重な遺構だという。

 同所は、市が整備を進める歴史文化施設の建設予定地となっており、1月から発掘調査を行っていた。3月に石垣の一部を発見し、調査を進めたところ、現在の地表から約1メートル下層部分で、東西に幅約2・7メートル、長さ約30メートルの道路が出土。道路を締め固めたような跡があり、端には土を盛って修復したとみられる層も確認された。

 また、道路の両脇は30センチ前後に積まれた石垣が連なる。石垣は自然石を積み上げる野面積みと呼ばれる技法が使われている。昨年、駿府城跡で発見された豊臣秀吉の命で中村一氏が築城したとされる天守台と同じ技法で、天正期(1573~1593)に造られたと推察される。滋賀県立大の中井均教授は、道路沿いの石垣に敷地内への入り口がないことから「重臣クラスの屋敷地だったといえる」と指摘。天正18(1590)年に入城した一氏もしくは、13(1585)年に築城を開始したと記録の残る五カ国領有時代の家康の重臣が住んでいたとみられる。

 市によると、慶長12(1607)年の家康による駿府城大改修時の図面にはこの武家屋敷は残っておらず、この頃までには取り壊されていたと考えられるという。

 静岡大の小和田哲男名誉教授は「これまで知られていなかった戦国時代の遺構が発見されたことの意義は大きい」と強調。「全国的にも類例はほとんどなく、このまま保存することが望ましい」と述べている。

 市は遺構を保存するため、歴史文化施設の設計を見直す方針だ。

(静岡支局・石原颯)

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