「認知症」新大綱、現場では 高まる「予防」の意識 社会保障費抑制にジレンマ

 認知症対策を進める政府の新たな大綱が決まった。令和7(2025)年に認知症の高齢者が約700万人に達すると推計される中、患者が暮らしやすい社会を作る「共生」に加えて、発症や進行を遅らせる「予防」に初めて重点が置かれた。患者にも、そのケアに当たる立場にも、いつ自分が当事者になるかもしれない今、それぞれの現場を探った。(伊藤真呂武、三宅陽子)

 認知症に対する有効な治療法が確立されていない中、「予防」への患者側の違和感は根強い。高齢者の健康を保ち、認知症の発症を抑制したい政府の意向の裏側には、患者の増加とともに膨らむ社会保障費を座視できないとのジレンマが色濃くにじむ。

 運動と頭使って

 「足踏みをしながら、数字を交互に言っていきましょう」

 平日の昼下がり、スポーツクラブなどを運営する「横浜YMCA」(横浜市)が開催する認知症予防の教室で、指導員の軽快な声が響く。

 参加者は60代~80代の女性9人。2人組で椅子に座って向かい合い、「1」から順番に数字を声に出していく。「やめ」の合図で、今度は最後の数字から「3」を引いていき、引けない数になれば終了だ。

 「運動と頭を使う課題を同時にこなすことは脳の活性化に役立つ」と指導員の溝部文子さん(34)。約1時間のプログラムを終えた大長布子(だいちょう・のぶこ)さん(78)は「体や頭を動かすとスッキリする。物忘れも少なくなってきた」と笑顔を見せた。

 健康寿命の延伸

 健康上の支障なく生活できる「健康寿命」(平成28年)は男性72・14歳、女性74・79歳。健康寿命の延伸は、多くの高齢者が目指す課題だ。厚生労働省が40歳以上の男女3千人に行った意識調査(同年)では「健康寿命を延ばすために重要なこと」(複数回答)として、約6割が「適度に運動をすること」と回答した。

 世界保健機関(WHO)は今年5月に公表した認知症予防の指針で、定期的な「運動」や「禁煙」などを推奨。運動や社会的活動などが認知機能の低下予防につながるとの見方は、国内外で広まりつつある。

 治療法が明確でないにもかかわらず、政府が大綱の柱に予防を据えた背景には、膨らみ続ける社会保障費への危機感がある。

 認知症患者が右肩上がりで増えるのに伴い、医療費・介護費などの社会的コストは令和2(2020)年に17・4兆円、7年に19・4兆円、12年に21・4兆円と増大していくとの試算もある。

 家族らに懸念も

 ただ、認知症の患者や家族には「予防が強調されれば、『認知症になったらおしまい』といった偏見が広がる」「認知症の人たちへの理解が薄らぐことにつながらないか」との懸念が渦巻く。

 政府はこうしたことを踏まえ、大綱の2本の柱を素案段階と入れ替えて「共生」「予防」の順とした。厚労省の担当者は「予防のためには共生の社会づくりが大前提。大綱が予防だけをことさら強調して取り組むものではないことを明確にした」と強調している。

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