商業捕鯨、31年ぶりに再開 IWC脱退の内幕、敗訴後ひそかに練られた4つのシナリオ

 【商業捕鯨の灯 ふたたび】(上)

 31年ぶりに商業捕鯨を再開するのろしが上げられた。2018(平成30)年12月26日、首相官邸。定例記者会見に臨んだ菅義偉(すが・よしひで)官房長官がこう発表した。

 「昭和63年以降中断している商業捕鯨を来年7月から再開することとし、国際捕鯨取締条約から脱退することを決定しました」

 日本がクジラの資源管理を話し合う国際機関、国際捕鯨委員会(IWC)を脱退し、商業捕鯨を再開するとのニュースは、瞬く間に世界中に伝えられた。

 国際機関からの脱退は、日本の国際協調路線に反する突然の政策転換のように見られたが、ひそかにシナリオは練られていた。

 2014年4月11日、東京・永田町。報道陣が締め出された会議室で重要会議が開かれた。自民党捕鯨議員連盟の幹部数人が集まった「インナー会議」。1週間余り前、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)で、日本が実施している南極海調査捕鯨の中止を命じる判決が出たばかりだった。

 外務審議官当時、裁判で日本政府代理人を務めた鶴岡公二氏がインナー会議に事情説明に訪れ、「責任は自分にある」と陳謝した。

 10年にオーストラリアが提起した訴訟で、日本の調査捕鯨は「(IWCの)科学的目的の調査の範疇に収まらない」と判断された。政府団の一人が「まさか敗訴するなんて」と漏らす予想外の判決だった。

 外務省、水産庁が今後の捕鯨政策に与える影響を分析した結果、新たな調査計画を組み直しても、判決内容を踏まえていないと見なされれば、「国際裁判に提訴され、敗訴する可能性がある」と結論づけられた。

 解決の糸口が見えない反捕鯨国との対立。IWCにとどまっていては、目標とする商業捕鯨はますます遠のく。インナー会議で鶴岡氏は「新たに提訴されれば、われわれでは抑えきれない」と危機感を訴えた。

 ある議員がついに会議室中に響き渡る声でこう切り出した。

 「IWC脱退を真剣に考えるべきだ」

 日本の悲願といえる商業捕鯨の再開が、議論の俎上(そじょう)に載せられた瞬間だった。

 秘密文書

 ICJ判決から約3週間後の2014年4月22日。自民党捕鯨議連の会合で、「秘」と注意書きのある日本政府作成の文書が配られた。今後、進む可能性のある4つの選択肢が記されていた。

 (1)「新たな調査計画による調査捕鯨」(2)「IWCを脱退して新たな国際機関を設立し調査・商業捕鯨」(3)「IWCを脱退して領海内に限定した商業捕鯨」(4)「IWCを脱退して商業捕鯨モラトリアムに留保を付して再加盟」。

 日本が1951(昭和26)年に加盟したIWCは、加盟国のクジラ乱獲などが原因で82年に商業捕鯨モラトリアム(一時停止)を採択。当初は異議を申し立てた日本も最終的に受け入れ、クジラの生態を調べる調査捕鯨の道にかじを切った経緯がある。

 4つの選択肢にはそれぞれ政府が捉えるリスクも示された。(1)は「再び提訴される恐れ」、(2)は「国際機関設立に時間が必要」、(3)は「漁場・捕獲頭数が制限的」とあった。(4)は捕鯨国のアイスランドが採った方式だが、国際法違反を避けるためのこのやり方は反捕鯨国の反発が大きく、実現性が危惧された。

 どの道を歩んでもいばらの道で、国際的非難や訴訟リスクが高まる。日本政府は2つの基本方針を定めた。一つは、鯨類を重要な食料資源として科学的根拠に基づき持続的利用を図る。もう一つは、ICJ判決を踏まえた新たな調査捕鯨の実施に取り組む-と。

 IWC脱退は国際法上、脱退が効力を持つには1年後となる。残された選択肢は従来通り、調査捕鯨を続ける(1)しかなかった。

 2014年6月、安倍晋三首相は調査捕鯨の継続を宣言した。

 科学データも拒否

 日本側が捕鯨の継続にこだわるのは、モラトリアム以降、大型鯨類の資源が回復している科学データが日本の調査で集積されていたからだ。

 しかし、反捕鯨勢力はクジラを知能の高い特別な動物と捉え、一切捕獲してはならないと主張していた。IWC日本政府代表の森下丈二・東京海洋大教授は「モラトリアムの意味がいつしか独り歩きし、商業捕鯨の『永久停止』と理解されるようになった。科学的に持続可能な捕鯨が可能であっても、IWCで再開につながる提案は一切、拒否されてしまう」と語る。

 ICJに日本を訴えたオーストラリアは「IWCは鯨類の保護を担う機関に変容した」と主張した。さらに、15年に新たな調査計画による日本の調査捕鯨が実施されると、「法的措置の選択肢を探求している」と牽制(けんせい)してきた。

 こうしたことを背景に、日本政府はIWCを脱退して行う商業捕鯨の枠組みをひそかに検討した。推進力となったのは、捕鯨拠点が地盤である山口県出身の安倍首相と和歌山県出身の二階俊博・自民党幹事長。農水省幹部はこう振り返る。

 「IWCにとどまっていては日本の捕鯨はなくなる。決断するのは安倍政権の今しかなかった」

 最後の提案も否決

 18年9月、ブラジルで開かれたIWC総会。日本政府は最後の提案を行った。同じ屋根の下に捕鯨支持国と反捕鯨国の間に敷居を作って「家庭内離婚」の状況を実現し、商業捕鯨の再開につなげるという内容だった。しかし多数を占める反捕鯨国が支持せず、否決された。

 「万策尽きた」(農水省幹部)。日本政府はIWC脱退と商業捕鯨の再開を決断した。14年に示された選択肢の(2)と(3)の中間的な枠組み。操業エリアは排他的経済水域(EEZ)内に設定したが、それでもオーストラリアや欧米などの反捕鯨国を中心に国際社会から批判が強まる恐れがある。

 森下氏は「IWC脱退はゴールではなく、新たなスタート」と強調する。その言葉には、八方ふさがりの国際環境を改善する努力を怠れば、日本の捕鯨は袋小路に追い込まれるという危機感が込められている。

 日本は30日、IWCを脱退し、7月1日から31年ぶりに商業捕鯨を再開する。IWC脱退はICJでの敗訴が大きく影響した。歴史的転換点を迎える日本の捕鯨が進むべき針路を探る。

 【商業捕鯨と調査捕鯨】商業目的の捕鯨は国際捕鯨委員会(IWC)がモラトリアム(一時停止)を1982年に採択。IWC加盟国のうち日本は88年に商業捕鯨から撤退し、再開に向けて必要な科学的データの収集を目的に、南極海や北西太平洋で調査捕鯨を続けてきた。一方、ノルウェーやアイスランドは異議申し立てや留保という手法により規定が適用されずに商業捕鯨を実施。日本も当初、モラトリアムに異議を申し立てたが、米国からの圧力などで撤回した経緯がある。

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