京都・六波羅で平家一門の堀跡出土

 京都市東山区で平安時代後期から末期にかけて平家一門が設けたとみられる武家屋敷の防御用の堀跡が出土したと、民間調査会社「文化財サービス」が16日に発表した。平家が拠点として整備した「六波羅(ろくはら)」と呼ばれる一帯にあり、六波羅から平家に関連する遺構が見つかったのは初めてという。

 現場は世界遺産・清水寺から西に約1キロの地点で、堀跡は幅3メートル、深さ約1・3メートルの逆台形で東西約15メートルにわたる。堀の南側を沿ったかたちで堤防状の土塁跡も出土。堀の西側の約5メートルが土で埋められており、倒壊防止用の石垣が組まれていた。石の積み方はほぼ同時期の白河天皇陵の石垣に類似しているという。

 出土した土器や瓦などから、堀は平清盛の祖父、正盛が邸宅を構えるなど六波羅に拠点を置いた12世紀前半に整備されたと推定される。当時は世情が不安定で、平家一門を守る目的だったとみられる。その後、清盛が政治の実権を握ったことで戦乱が治まり、堀は13世紀前半に鎌倉幕府が朝廷の監視や西国の支配を目的に「六波羅探題(たんだい)」を設けたころにはすべて埋め戻された。

 中井均・滋賀県立大学教授(日本考古学)は「堀は区画を示す考え方もあり、武家屋敷を方形に囲む後世の手法につながった可能性もある」と話している。

 現地説明会は19日午前10時から正午まで。

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