令和に寄せて 引き継がれる平和への努力 ジェームス・E・アワー

 ■米ヴァンダービルト大学名誉教授

 米国人として私は自分の国をとても誇りに思うとともに、アメリカ合衆国という連邦共和国の国民に生まれたことを幸せに思う。だが、たまに自分の国を悪く言ったり、大統領について共和党であるべきだとか、民主党であるべきだと悪く言う人がいることにはがっかりする。

 米国以外の市民として生まれたらよかったとは思わない。しかし、私は他の国々を尊敬するし、長い間、米国の次に大好きな国は日本だと言ってきた。

 個人的には日本や英国のように、選出された議員の過半数によって左右される議会制民主主義よりも、選挙で選ばれた大統領がいて、法律に従って少数派の権利を保障する共和制民主主義を好む。

 だが、米国には大多数の国民が誇りに思い尊敬する日本の天皇や英国の女王のような、国を象徴する存在に当たる人がいない。

 私は、1960年代初めに駐日米国大使を務め、東京から帰国した後にハーバード大学で教鞭(きょうべん)をとっていたエドウィン・ライシャワー博士のもとで日本政治を勉強した。ライシャワー教授は、明治憲法は天皇に帝国陸軍と海軍の統帥権を含む最大の権限を委ねたが、45年に日本が降伏の最終的決定を行うまで、こうした権限が行使されることはめったになかったと学生に教えた。

 だから、米国の起草による46年公布の日本国憲法が、天皇を国の象徴と呼んだことに多くの日本人が驚いたとしても、新しい憲法はこれまで以上に天皇の役割を明確化したのだとライシャワー教授は述べた。

 私は1970年代初めに国会の開会式に参加する栄誉を与えられた。正装した船田中(なか)衆院議長が壇上に登って開会の式辞を述べ、続いて天皇陛下のお言葉を賜るという荘厳な儀式に、強い印象を受けた。昭和天皇は短い文書を読み上げられたあとお辞儀をなさり、退出されて式は終わった。

 1時間少したって、他の閣僚と同様に、正装姿からビジネススーツに着替えた田中角栄首相は、新しい国会会期中の政権の目標について所信表明演説を行った。

 午前中に参院本会議場で衆参両院議員が集まって行われた国会の開会式が、昭和天皇のお声をのぞいて全く静寂に包まれていたのとは違い、演説は野党議員らの辛辣(しんらつ)で批判的な大声や、それに対抗する与党議員の拍手や支持の叫び声が飛び交った。

 首相の演説は少しばかり米国の一般教書演説を彷彿(ほうふつ)させたし、それは日本の民主主義がうまくいっていることの強い証しであったが、私は米国には、日本国を代表する天皇に示される厳粛で威厳のある尊敬の念に匹敵するものがないことに、いくばくかのうらやましさも感じた。

 読み知ったことだが、上皇さまは退位前に、国の象徴としての天皇の役割を明確にするため、ひたむきな努力を続けてこられ、(皇太子時代の)今上陛下は平成時代における父のこの努力を続けていきたいと述べられたそうだ。

 米国人の中には、45年にマッカーサー元帥(げんすい)が昭和天皇がその地位にとどまることを強く求めた一人であったことを不思議に思う人もいるだろう。私はマッカーサー元帥の決断は実際的で賢明だったと思う。

 外国人の目からみると、昭和天皇は日本の象徴と呼ばれることをつつましく受け入れ、日本と世界のほとんどの国々でますます敬愛されるようになられたと思う。それを今上陛下は引き継ぎ、育まれていくだろう。私は、昭和天皇と上皇さまがともに求められた平和への努力をこれからも続けていかれると信じる。

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