「令和の皇室」男性大幅減少 平成初期から構成様変わり

 1日に行われた天皇陛下の即位関連儀式「即位後朝見の儀」では、ご参列の皇族十二方のうち女性が十方を占めるなど、令和の皇室は男性皇族が多数いた平成初期から構成が様変わりした。比率が増した女性皇族方については、宮家の公務を引き継いでおられる方もおり、新時代の皇室を支える役割が増している。

 現在の皇室は、天皇陛下と皇族十七方(上皇ご夫妻を含む)で構成。平成初期に七方だった男性の成年皇族は三方となられている。

 平成の同儀式には、1日の儀式にも臨まれた陛下、秋篠宮さま、常陸宮さまに加え、昭和天皇の弟の三笠宮さまと長男の寛仁(ともひと)親王殿下、三男の高円宮さま(いずれも薨去、こうきょ)の姿があった。次男の桂宮さま(薨去)を含めた三笠宮さまの親王(息子)三方は当時30~40代の働き盛りだった。

 寛仁さまが担っていた活動については長女の彬子(あきこ)さまが日本・トルコ協会、中近東文化センターなどの総裁職をご継承。次女の瑶子(ようこ)さまも社会福祉分野を引き継がれている。高円宮家は多くの公務を高円宮妃久子さまが継承されたが、長女の承子(つぐこ)さまが30年に全日本アーチェリー連盟などの名誉総裁を受け継がれた。

 これまで以上に重要な公務を担われそうなのが、皇嗣(こうし)となられた秋篠宮さまと秋篠宮妃紀子さまの内親王(娘)の二方だ。長女の眞子さまはご夫妻が毎年臨まれた「全国都市緑化祭」と「みどりの感謝祭」式典、「国民体育大会」総合閉会式の行事に、次女の佳子さまは紀子さまが担ってきた「産経児童出版文化賞」贈賞式に出席される。二方とも夏から秋にかけ、海外公式訪問も検討されている。

 20代半ばから30代後半の眞子さま、佳子さま、彬子さま、瑶子さま、承子さまの五方が結婚されれば、皇族はさらに減少する。近年は高円宮家の次女の千家(せんげ)典子さん、三女の守谷絢子(あやこ)さんが26、30年にそれぞれ結婚により皇籍を離脱した。

 公務の担い手不足が進む中、女性皇族が結婚後、宮家を立てて皇室に残り、皇族として活動する「女性宮家」の創設案も浮上している。上皇さまの譲位を可能とした皇室典範特例法の付帯決議は、代替わり後、女性宮家創設など安定的な皇位継承策を政府が速やかに検討し、結果を国会に報告するよう求めている。菅義偉官房長官は3月、参院予算委員会で早期の検討姿勢を示しており、政府の今後の対応が注目される。

 八木秀次・麗澤大教授の話 

 代替わり後、政府が安定的な皇位継承策を検討するが、男系でつないできた皇位継承原理をいかに正しく国民に発信し、理解してもらえるかが課題となる。

 上皇さまの譲位を可能とした皇室典範特例法の付帯決議には、女性宮家の創設も一つの案に上っている。若い男性皇族がいない状況をみれば、女性皇族方に結婚後も皇室に残ってもらう考えもあるが、女性宮家を作り、民間男性を配偶者に迎えて子供が生まれれば、歴史上存在しない女系天皇への道が開ける。それは皇室の正統性を否定することになる。

 これまで皇統が途絶えそうになったとき、傍系の宮家の男子が継ぐことで男系継承を維持してきた。女系に広げることはなかった。こうした歴史的経緯はまだ十分に国民に伝わっていない。

 政府は皇統の原理について正確に発信するとともに、女性宮家だけでなく、戦後に皇籍離脱した旧11宮家にいる男系男子孫を皇籍復帰させる案も並行して検討すべきだ。

 八幡和郎・徳島文理大教授の話

 皇位継承は男系男子があくまでも原則だ。これから議論すべきは、悠仁さまの皇位継承を前提とし、その後が続かなかった場合の候補者をどう確保するかだ。

 私は男系か女系かという議論は棚上げにして将来の選択に任せる前提で、両方の可能性を残せばいいと思う。具体的には3つの方法で皇室と縁があり、悠仁さまと同世代以下の若い男子に宮家を継いでもらい将来に備えればいいと思う。

 1つは旧宮家の男系男子による継承。とくに明治天皇や昭和天皇の女系子孫は好都合だ。例えば、常陸宮家の跡を姉の子孫の東久邇家の誰かが継いでも違和感がない。

 2つめは女系の男子。眞子さまや佳子さまの男子が秋篠宮家を継ぐのは女性宮家よりは抵抗が少ない。

 3つめは皇族の女性やその子孫が遠縁の男系男子と結婚して生まれた男子だ。旧宮家に限らず、江戸時代から戦前に公家や華族になった者の子孫まで含めると、かなりの数の男系子孫の男子がいる。宮内庁は彼らの名簿を整えるべきだ。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ