「勇気づけられた」東日本大震災の被災地や拉致被害者家族から感謝の声

 あらゆる場面で国民に寄り添われてきた天皇、皇后両陛下。平成最後の日となった30日、東日本大震災の被災地や拉致被害者家族からは、ご夫妻に「勇気づけられた」と感謝の声が聞かれた。

■被災地

 天皇、皇后両陛下は、何度も東日本大震災の被災地に足を運ばれた。「生きる勇気をもらった」。被災者からは、改めて感謝の声が相次いだ。

 ご夫妻は平成25年7月に東京電力福島第1原発事故の影響で当時、全村避難が続いていた福島県飯舘村をご訪問。菅野典雄村長は、「(地元の方言で『心を込めて』という意味の)『までい』という言葉に関心を示され、『までいの村を残してくださいね』と言ってくださった。大きくて深い思いを感じた」と振り返り、「国民に寄り添われたことに心から感謝を申し上げ、これからはゆっくりと歩んでいただけることをお祈りしています」と話した。

 ご夫妻が26年7月に宮城県を訪れた際、宿泊された「南三陸ホテル観洋」(同県南三陸町)の女将(おかみ)、阿部憲子さんは「当時はまだ復興には遠く、つらく重い雰囲気が漂っていた。励ましに来てくださったことが『もっと頑張ろう、力を出そう』というきっかけになった。(ご夫妻が)今後も元気で充実した日々を過ごされる姿が、われわれのお手本にもなると思う」と語った。

 28年には国体出席に合わせて岩手県を訪問し、津波で甚大な被害を受けた大槌町と山田町などに足を運ばれた。大槌商工会副会長の越田征男さん(74)は、「励ましの言葉をもらい、ありがたかった。建物は新しくなったが真の復興はまだまだ。しっかり進めていきたい」と、新しい令和への思いを新たにした。

■拉致被害者家族

 天皇、皇后両陛下は折に触れ、北朝鮮による拉致事件解決への願いを示されてきた。横田めぐみさん(54)=拉致当時(13)=の母、早紀江さん(83)も、拉致被害者や家族に寄り添われる思いに支えられてきたという。「彼岸花咲ける間(あはひ)の道をゆく行き極(きは)まれば母に会ふらし」。早紀江さんは、平成9年の新年にあわせ発表された皇后さまの御歌(みうた)に励まされた。「『小道をたどれば優しい母が笑顔で待っている』という光景が思い浮かんだ。私もめぐみちゃんを笑顔で迎えたいと思った」

 14年10月に拉致被害者5人が帰国した後など、折に触れ拉致事件への思いを示されていた皇后さま。入院中の夫、滋さん(86)とともに30日夕、国民への感謝を述べられる天皇陛下の姿をテレビで見つめた早紀江さんは「お二人は国民に寄り添われてきた。おいたわり、お優しさに励まされた」と話した。

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