平成の証言 「東京都が尖閣諸島を購入する」

 31年4月30日の終わりに向けてカウントダウンが始まった平成時代。私たちが受け止め、発した言葉は時代の証言となって「あのとき」をよみがえらせます。

 「残念ながら負けてしまいました」(平成24年1月:将棋ソフトとの対局後、米長邦雄永世棋聖)

 14日、日本将棋連盟会長で当時68歳の米長永世棋聖が、コンピューター将棋ソフト「ボンクラーズ」と対局し、113手で敗れた。米長永世棋聖はソフトを研究した末に後手番初手「6二玉」を指し、序盤は優勢。しかし、途中で見落としがあって攻め込まれ、記者会見では「私が弱いからだ」と語った。19年3月に渡辺明竜王が「ボナンザ」と対局した際は渡辺竜王が勝っており、この敗戦はコンピューターが棋士を凌駕(りょうが)しつつあることを世に知らしめた。

 「陛下は心臓の自覚症状の中で、被災地の訪問など多忙な公務を続けられていた」(平成24年2月:宮内庁関係者)

 18日、天皇陛下の心臓の冠動脈バイパス手術が東京大医学部付属病院で行われ、無事終了した。陛下は前年2月、冠動脈全体に「ある程度の動脈硬化がある」と診断されて以降、胸の違和感の自覚症状を複数回訴えられていたという。手術の成功に安堵(あんど)する声が広がる一方、78歳というご年齢を考慮し、ご公務の負担軽減を検討する必要性が改めて浮上した。陛下は3月4日に退院し、その1週間後の11日、東日本大震災一周年追悼式に出席された。

 「苦しくつらい思いは少しも癒えることなく、耐える日々が続いています」(平成24年3月:宮城県石巻市立大川小学校遺族会の武山剛会長)

 児童74人、教職員10人が東日本大震災後の津波で犠牲になった大川小の合同一周忌法要が4日、石巻市内のホールで営まれ、約500人が参列した。地震の後に学校側は児童らを校庭に集めたが、学校が避難所になっていたため約50分間そこで待機させ、避難を始めた直後に大津波に襲われた。「なぜもっと早く逃げなかったのか」。取り返しのつかない問いが、遺族と学校関係者に重くのしかかった。

 「日本人が日本の国土を守るため、東京都が尖閣諸島を購入することにした」(平成24年4月:石原慎太郎都知事)

 16日、ワシントン滞在中の石原氏はシンクタンク「ヘリテージ財団」で講演し、尖閣諸島の購入に向け、島を個人所有する地権者と交渉を開始したことを明らかにした。都が乗り出す背景には、領有権を主張する中国への危機意識と、海上保安庁の巡視船に体当たりした中国漁船の船長を釈放するなど政府の弱腰へのいらだちがあった。都が4月下旬に募集した購入資金の寄付は、5月初旬で2億円超に。国も購入に乗り出し、結果的に9月に国有化される。

 「世界一のツリーが成長するための、恵みの雨だ」(東武鉄道の根津嘉澄社長)

 高さ634メートル、世界一高い電波塔の東京スカイツリー(平成24年5月:東京都墨田区、事業主体は東武鉄道)が開業した22日は、あいにくの雨だった。完全予約・抽選制で販売された展望デッキの個人入場券は、同日正午分が競争率335倍に達したが、雨雲が立ちこめ「何も見えない」という嘆きも漏れた。夕方からは強風でエレベーターも断続的に運転を停止。それでもツリー足下の商店街を含めた東京スカイツリータウンには、約21万9千人が訪れる盛況となった。

 「もう逃げなくていいことに、ほっとしています」(平成24年6月:逮捕されたオウム真理教元信者の女性)

 3日夜、警視庁は殺人、殺人未遂などの容疑で、地下鉄サリン事件後の7年5月から特別手配中だった女性(40)を逮捕した。手配写真とは別人のようにやせており、福祉施設で働き、一般男性と暮らすなど社会に溶け込んでいた。この年は元日に教団元幹部の平田信受刑者、6月に高橋克也受刑者が逮捕され、オウム事件が一つの節目を迎えた。女性は東京都庁郵便物爆発事件に関与したとして殺人未遂幇助(ほうじょ)罪などで起訴されたが、30年、無罪が確定した。

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