平成の証言 「なぜ日本の慰安婦問題だけが世界中で…」

 31年4月30日の終わりに向けてカウントダウンが始まった平成時代。私たちが受け止め、発した言葉は時代の証言となって「あのとき」をよみがえらせます。

 「どうか違っていてほしいと願った。つらくて、つらくて、つらくて、本当に残念な気持ちでいっぱいだった」(平成25年1月:日揮の川名浩一社長)

 16日朝、アルジェリア南東部イナメナスのガス関連施設がイスラム武装勢力に襲撃され、40人が殺害された。プラント建設大手の日揮では、日本人社員10人を含むスタッフ16人が犠牲になり、現地で身元を確認した川名社長は25日、苦渋の表情で会見した。アルジェリア軍の作戦や社員の安否などの情報収集は困難を極め、この事件は国家安全保障会議(日本版NSC)が創設されるきっかけとなった。

 「江の島のネコに記録媒体付きの首輪を付けた男が、近くの防犯カメラの解析で浮上した」(平成25年2月:警視庁の龍一文捜査1課長)

 10日、遠隔操作ウイルスで他人のパソコンから殺人予告をしたとして、威力業務妨害容疑でIT関連会社員の男(30)が逮捕された。前年に4人が誤認逮捕され、警察を翻弄した男は、犯行声明でネコに首輪を付けたと書いて墓穴を掘った。だが無実を主張し、翌年5月の公判中に「真犯人」からメールが報道陣に届いた。しかし、これがスマートフォンのタイマー機能を使った自作自演と判明。男は罪をすべて認めた。

 「体温を分け与えるようにかぶさっていた。長女が苦しくないよう、呼吸する隙間を空けたままの姿勢だった」(平成25年3月:北海道湧別町の消防団員)

 2日、北海道は低気圧の影響で暴風雪となり、東部の中標津町や湧別町などで車が相次いで立ち往生。母子4人が車内で一酸化炭素中毒死するなど計9人が死亡した。湧別町では3日朝、漁師の岡田幹男さん(53)が、農業用倉庫前で小学3年の長女(9)に覆いかぶさるようにして凍死しているのが発見された。長女は父親に守られ、軽い凍傷だけで生きていた。燃料が切れた車から約300メートル歩いた場所だった。

 「劇場周辺の空間を含め、楽しい、町に開かれた劇場にして、江戸時代の芝居町を復権させたかった」(平成25年4月:5代目歌舞伎座を設計した隈研吾氏)

 2日、生まれ変わった東京・銀座の歌舞伎座がこけら落とし公演の初日を迎えた。隈氏は「江戸時代の庶民は、芝居というより、芝居町そのものを楽しんだ」とし、銀座の真ん中に再現された祝祭空間が新鮮な魅力を放った。当時、歌舞伎界では大物の訃報が相次ぎ、2月には市川團十郎さん、前年12月には中村勘三郎さんが病気で死去。ファンは暗雲を断ち切る新しい時代を新歌舞伎座に求めた。

 「なぜ日本の慰安婦問題だけが世界中で取り上げられるのか。当時、世界各国の軍が慰安婦制度を持っていた」(平成25年:5月橋下徹大阪市長)

 13日、橋下氏は市役所での囲み取材で、先の戦争を「植民地支配と侵略」と断定した「村山談話」についての考えを述べる中で慰安婦問題に言及した。橋下氏は冒頭の問題提起に加えて、「米軍司令官に『もっと風俗業を活用してほしい』と言った」と発言。これが国内外で炎上し、橋下氏が共同代表を務める日本維新の会の支持率が急落。27日の特派員向け会見で米軍司令官への発言を撤回、陳謝した。

 「怖い顔をしたお巡りさんも、心の中ではW杯出場を喜んでいます」(平成25年6月:警視庁のDJポリス)

 サッカー日本代表がW杯出場を決めた4日夜、東京・渋谷のスクランブル交差点で、お祭り騒ぎのサポーターたちを絶妙の話術で誘導し、トラブルを防いだ警視庁の若い機動隊員2人が、「DJポリス」とたたえられた。「日本代表のユニホームを着ている皆さんは、12番目の選手です。チームワークをお願いします」「そういう行動はイエローカードです」。現場では「お巡りさん」コールが湧いたという。警視庁は13日、2人に警視総監賞を授与した。

 「放射能がある現場に何回も行ってくれた同僚たちがいる。部下は地獄の中の菩薩だった」(平成25年7月:吉田昌郎・元東京電力福島第1原発所長)

 9日、東日本大震災で炉心溶融(メルトダウン)、建屋の水素爆発など深刻な事態が続いた第1原発で、事故収束を指揮した吉田氏が食道がんのため亡くなった。58歳。全電源喪失という想定外の状況下で対応を模索し、東電本店から原子炉への海水注入中止を命じられた際には独断で続行を指示、事態の悪化を防いだ。所長退任後の24年夏、集会に寄せたビデオメッセージで部下への感謝をこう語った。

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