新札登場の渋沢栄一、足利学校に揮毫残す 16日から展示

 栃木県足利市の史跡足利学校には、令和6(2024)年発行の新たな一万円札の肖像画に採用される「日本資本主義の父」渋沢栄一(1840~1931年)が訪れていた。足利学校は16日から渋沢が残した揮毫(きごう)、扁額(へんがく)を展示。豊富な漢籍が数多くの著名人を引き寄せていたことが改めて浮き彫りになっている。

 渋沢は明治43(1910)年6月4日に訪れ、来訪者揮毫集に「天之未喪斯文也」(てんのいまだそのぶんをほろぼさざるや)と残し、近くの小学校で講演したという。また翌年8月付の扁額「温良恭謙譲(おんりょうきょうけんじょう)」も残っている。揮毫、扁額とも論語の一節で、足利学校では16日からこれらの史料を展示する。

 足利学校ではNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」に登場する柔道の父、嘉納治五郎も訪れていたことで話題になったばかり。

 足利学校には、室町時代の関東管領・上杉憲実(のりざね)が国宝書籍「尚書正義(しょうしょせいぎ)」などを寄進し、その後も上杉氏、北条氏らが貴重な書籍を寄進し、現在8260冊の貴重な漢籍を所蔵。そのため数多くの文化人らが足利学校を訪問した。明治41(1908)年以降の来訪者は揮毫集、それ以前は来訪者の残した日記などで明らかになっている。

 尾張初代藩主・徳川義直は寛永13(1636)年4月10日、儒学者・堀杏庵とともに訪れ、近くの鑁阿寺(ばんなじ)や行道山も回ったことが堀の紀行文「中山日録(ちゅうざんにちろく)」に明記されている。幕末の志士・吉田松陰は嘉永5(1852)年、高杉晋作は万延元(1860)年、それぞれ訪問したことが日記などに記されている。

 江戸時代を代表する文人画家・谷文晁は寛政8(1796)年、古美術図録集「集古十種(しゅうこじっしゅ)」調査のため訪れ、その際、山水図と聖廟内の孔子座像図を描いた。これらは現在、足利市が所蔵する名品。谷の弟子、渡辺崋山は天保2(1831)年、孔子座像の胎内銘を盗み見ようとしたことを自身の旅日記「毛武游記(もうぶゆうき)」に記し、手控帳には座像のスケッチ画を残している。

 政治家では明治41(1908)年に大隈重信、43年(1910)に井上馨、大正13(1924)年に加藤高明、軍人では東郷平八郎が明治39(1906)年に学校内に月桂樹を植樹し、乃木希典は45(1912)年に訪れ、「瑞雨(ずいう)」と揮毫している。

 そのほか、言語学者・新村出(しんむら・いずる)、洋画家・黒田清輝、教育者・新渡戸稲造らが訪れたことも分かっている。

 足利学校は、新元号「令和」の出展元となる「万葉集」に関しても江戸時代に出版された書物が残り、話題を呼んだ。関連資料の特別展示で、土日曜に前年比7割増の入館者を数えている。

 大沢伸啓所長(59)は「足利学校の影響力を改めて感じる。多くの人に足を運んでもらい、足利学校の価値を知ってもらいたい」と話している。

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