樋口中将の業績語る 備後護国神社で講演会

 ナチスドイツの迫害からユダヤ人難民を救ったことなどで知られる日本陸軍の樋口季一郎中将(1888~1970年)と広島県福山市とのつながりなどを、孫で音楽学者、指揮者の樋口隆一・明治学院大名誉教授が語る講演が、同市の備後護国神社で開かれた。同神社護持会が招いた。

 樋口中将は大佐に昇進した昭和8(1933)年から約2年間、同市に本営があった陸軍歩兵第41連隊で連隊長を務めた。少将として満州でハルビン特務機関長を務めていた13年、ナチスドイツの迫害からソ連経由で米国への亡命を目指して逃れてきたものの、満州国の入国許可が得られず足止めされていたユダヤ人難民を救済。上海の米国租界への脱出ルートを構築した。このルートは16年ごろまで残り、数千人が利用したとされる。

 講演で隆一氏は、おいしい日本酒やマツタケ、瀬戸内海での釣りなど福山での連隊長時代を語るときが一番楽しそうだったと、戦後に樋口中将から聞いた思い出話を披露。講演などに招かれたイスラエルの各地で、祖父の業績に感謝されたエピソードなども紹介した。

 また、北方軍司令官として18年のキスカ島撤退を指揮した際に、独断ですべての武器の海中投棄を指示。その結果、約5千人の駐留部隊が1時間かからずに乗船でき、無血撤退の成功につながったことや、終戦後も日本への侵攻を止めなかったソ連軍に対する20年8月18日以降の反撃を第5方面軍司令官として指揮し、北海道占領の意図をくじいたことなどの意義を強調した。

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