【歴史事件簿】火災のドサクサで「斬首」された未決囚33人…幕末獄舎の悲壮:イザ!

2014.9.14 08:57

【歴史事件簿】火災のドサクサで「斬首」された未決囚33人…幕末獄舎の悲壮

 処刑の理由について、滝川は「浪士らが火災のドサクサに紛れて牢を破ろうとした」などと述べたのだろうが、判断ミスとみなした京都守護職の松平容保に強くとがめられる。

 このように本来なら失態を演じた滝川の責任問題へと発展するのだろうが、なぜか直後に滝川は大目付に昇進する。手続き上の問題はあったとはいえ、いずれは処刑する予定だったので問題に発展しなかったのかもしれない。

 その証拠に、今回の処刑の半年前にも別の天誅組の十数人が六角獄舎で処刑された記録もある。

 さらに、平野とともに斬首されたはずの古高俊太郎ら池田屋事件関係者はこのドサクサの中、新選組によって殺害されたという説もある。

 池田屋事件は、新選組が古高を拷問し、尊王攘夷派浪士が街に火を放ったすきに天皇を奪い、中川宮と松平容保を殺す計画を供述させたことで、集合場所の池田屋を襲撃して計画を阻止したとされている。

 だが、実は古高の供述は新選組の行動を正当化するためのでっちあげで、口封じのために殺害したとも言われているのだ。

 ■子供が目撃者

 獄舎は本来、刑場ではない。江戸時代の京の刑場といえば、九条山の西のふもと、東海道の出入り口とされる粟田口(あわたぐち)にあったことが知られている。

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