【歴史事件簿】火災のドサクサで「斬首」された未決囚33人…幕末獄舎の悲壮:イザ!

2014.9.14 08:57

【歴史事件簿】火災のドサクサで「斬首」された未決囚33人…幕末獄舎の悲壮

 六角獄舎の集団処刑(下)

 京都御所・蛤御門(はまぐりごもん)の変で戦火が市中へ広がり、六角獄舎近くまで迫ったことから、京都町奉行の滝川具挙(ともあき)は収監中の尊王攘夷派浪士の中でも危険分子とみなした33人の斬首を命じた。その中には、「生野の変」の首謀者、平野国臣や「池田屋事件」で逮捕された古高俊太郎もいた。辞世の句に続いて首を切っては、また一人…。刑は3時間にも及んだ。平野の絶命の声を聞いた収監中の村井正礼(まさのり)もその光景に体が凍りつき、ひと言も声が出なかったという。

 ■首の落ちる音

 元治元(1864)年7月20日、火の手が堀川、二条城へ迫ってきた。

 堀川から獄舎までは西約400メートル、二条城からは南約600メートル。火の勢いもすさまじく、煙も獄内に立ちこめてきた。到底、獄舎も火の手から逃れられないと判断したのだろう。

 ここで獄舎の役人は「火が堀川まで迫った場合は重罪人は殺せ」という滝川の命に従い、まずは「生野の変」に関わった平野ら5人の斬首を決行する。さらに天誅(てんちゅう)組や池田屋事件の関係者らが続いた。

 当時の斬首というと、前屈みに正座をさせた囚人を数人が押さえ込み、囚人の傍らの首切り役が刀を振り落とす方法が一般的だったようだが、このときの様子を村井が手記につづっている。

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