昭和天皇実録 「ご聖断」ソ連参戦で決意 報告の18分後「終戦」側近に指示

 実録の記述により、連日の本土空襲や原爆投下などで終戦の意向を強めた昭和天皇が、ソ連参戦で万策尽きたと判断。これ以上の犠牲を広げないため、即時終戦に向けた動きを主導した当時の様子が明らかになったといえる。

 また実録では、幼・少年期の手紙や作文を初めて公開。初出のエピソードも多数盛り込まれた。一方、即位後の政治的発言や側近らの謁見内容が明かされないことも多く、編纂(へんさん)方針をめぐり議論を呼びそうだ。

■昭和天皇

 明治34(1901)年4月29日、皇太子時代の大正天皇の第1男子として誕生。名は裕仁(ひろひと)、幼少時の称号は迪宮(みちのみや)。大正10(1921)年に20歳で摂政に就き、15(1926)年に25歳で第124代天皇として即位。天皇陛下をはじめ男女7人の皇子をもうけた。即位後、日本は満州事変、日中戦争を経て先の大戦に突入。昭和20(1945)年8月10日の御前会議で降伏を決断し、15日にラジオによる「玉音放送」を通じて終戦を国民に告げた。64(1989)年1月7日、十二指腸乳頭周囲腫瘍(腺がん)のため、87歳で崩御した。

■実録

 天皇・皇族の事跡を時系列にまとめた記録。「実録」ではなく「紀」と命名された実録もあるが、本質的には変わりがない。昭和天皇実録は宮内庁が平成2年に編纂を開始。2度の計画延長を経て、24年5カ月をかけて今年8月21日に完成。宮内庁は全61巻(1万2137ページ)を天皇、皇后両陛下に奉呈(献上)した。分量は天皇の実録としてこれまで最長だった明治天皇紀の1・5倍。

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