【歴史事件簿】力士の脇腹を刺し、腕を切り落とす…新地を鮮血で染めた新選組:イザ!

2014.8.10 10:54

【歴史事件簿】力士の脇腹を刺し、腕を切り落とす…新地を鮮血で染めた新選組

 【歴史事件簿】北新地・乱闘事件(下)

 大坂で仕事を終えた壬生浪士組(のちの新選組)の芹沢鴨ら8人は慰労がてらに出た北新地・蜆橋(しじみばし)上で相撲力士の集団とかち合う。狭い上でのにらみ合い。どちらも端に寄る気配がないため、芹沢が鉄扇で力士を払いのける。重さ1キロという鉄扇ではたかれ、あまりの痛さに表情をゆがませた力士はその場から退くが、どうしても気が収まらない。そこで、今度は角棒を持つと、約30人が芹沢らが宴会を開く住吉楼を急襲する。前代未聞の侍vs力士の異種乱闘戦の行方はいかに-。

 ◆乱闘

 文久3(1863)年6月3日、大坂の奉行所の依頼で反幕府浪士を取り締まった芹沢や近藤勇ら10人は早々に仕事を終えると、その夜、近藤ら2人を除く芹沢ら8人が北新地の住吉楼で宴会を催し、飲めや歌えやの大騒ぎとなった。

 そこに店前へやってきたのが、蜆橋で芹沢の鉄扇で払いのけられた力士たち。部屋の力士を総動員したのだろう。手には攘夷用に奉行所から支給された角棒を持ち、さきほどとは比べものにならない、約30人に膨れあがっていた。

 「浪人どもを引きずり出せ」などと外で息巻く力士の声を聞いた芹沢はベロベロに酔いながらも、「これはいい余興になる」と言って2階の宴会部屋から外に出た。

 さらに1人、2人と部屋の窓から飛び降り、力士とにらみ合う。そこに「おいっ浪人!! 攘夷の先駆けである俺たちに、さきほどの行為は無礼だろう」などと言い放って、力士の1人が角棒を沖田総司めがけて振りおろした。

 芹沢も「問答無用」と返すと手に持っていた刀を抜き、沖田が角棒を抑えている隙に力士の懐に入ると、脇腹に刃を刺し込んでグイッとえぐった。

 とても酔っぱらいの動きとは思えない、ほんの一瞬の出来事だった。

 芹沢はうめき声をあげる力士からとっさに刃を抜いて離れる。すると、力士の体から大量の血液がドロドロと流れ出た。直後、ドスンというものすごい地響き音をあげて力士は倒れ込んでしまった。ここで両者入り乱れての騒ぎとなった。