富岡製糸場 世界遺産へ 一夜明け、過去最多4972人入場:イザ!

2014.4.27 20:51

富岡製糸場 世界遺産へ 一夜明け、過去最多4972人入場

 製糸場の近くで土産物店を営む坂本昇さん(72)は「ニュースを見て駆けつけた日本人客が多いが、今後は外国人客も増えるのでは」とうれしそうに話した。

 最高潮の盛り上がりを見せる富岡製糸場だが、周辺道路の道幅が狭く、大型バスなどが通ると混乱を招くことがあるという。

 市は見物客の不安を軽減しようと、今月26日から周辺の道路を一方通行にする規制を始めた。だが、歩道が整備されていない場所もあり、27日もごったがえす歩行者のすぐそばを車が通過する光景が見られた。

修繕費「100億円」

 また、製糸場に多く残る明治時代からの建物の老朽化も深刻だ。修繕や補修が急務で、市によると「費用は約100億円」という専門家の試算もある。

 今年2月の記録的大雪では、大正時代に建てられた「乾燥場」の屋根が崩壊。創業時から残る国重要文化財「東繭(ひがしまゆ)倉庫」の屋根瓦も数枚落下した。また、現在は敷地面積の2割程度しか公開していないが、市では公開対象の拡張も検討しており、建物への負担も懸念される。市は「優先順位をつけて耐震補強などの対策を進めたい」としている。

富岡製糸場

 明治5(1872)年、明治政府が最初に設置した官営の模範器械製糸場。横浜のフランス商館勤務のポール・ブリュナ(1840~1908)らが養蚕が盛んな富岡に場所を決定し、建設を指導した。器械製糸の普及と技術者育成という当初の目的が果たされたため、三井家に払い下げられて民営化。昭和14(1939)年には片倉製糸紡績(現・片倉工業)が運営に加わったが、生糸価格の低迷などで62年に操業を停止した。平成17(2005)年に富岡市に移管されるまで、同社が維持管理を続けた。

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