「愛にあふれた日々、守りたかった」 池袋暴走事故、遺族の松永拓也さん意見陳述全文

 東京・池袋の乗用車暴走事故で妻子を亡くした松永拓也さん(34)ら遺族が、車を運転していた旧通産省工業技術院の元院長、飯塚幸三被告(89)=自動車運転処罰法違反罪で公判中=に損害賠償を求めた訴訟での松永さんの意見陳述は次の通り。

 私は松永真菜の夫であり、松永莉子の父の松永拓也と申します。

 貴重な陳述のお時間を頂きましたが、どれだけお話をさせていただいても、何分時間を頂いても、語りきれません。私にとって、2人と過ごした思い出は夢のようで、あまりにも愛にあふれた幸せな日々でした。何に代えてでも守りたかった大切な命でした。今も2人を愛しています。だからこそ、今この現実が苦しいです。それでも、一生2人への愛は忘れません。

 妻の真菜とは2013年7月に、沖縄で出会いました。寡黙でしたが、いつも笑顔で、優しく温かみがある人でした。11月に交際をはじめ、2014年にプロポーズをしました。「頼りない男だけど、あなたを幸せにしたい気持ちは誰にも負けません」。そう伝えると、真菜は泣いて喜んでくれました。

 そして2016年1月11日に娘の莉子が生まれました。「かわいい」と言いながら涙を流し喜ぶ真菜と、懸命に泣いている生まれたばかりの莉子。私が莉子を抱きしめると、小さな手で私の指を握り返してくれました。手のぬくもりを感じ、命の神秘を感じながら、「この2人を守り、絶対に幸せにする」と心に誓いました。莉子は真菜の愛をたくさん受けながら、真菜に似た恥ずかしがり屋で、優しい女の子にどんどんと成長しました。莉子はお母さんが大好きで、どこに行くにも何をするにも、いつも2人は一緒でした。

 3人で色々なところに行きました。春は花見、夏は海やお祭り、秋は紅葉を見て、冬は莉子が好きだった温泉に。暖かい日は、真菜の手作りパンを持って、3人でピクニックによく行きました。

 2019年4月19日。

 警察からの電話で病院に向かった私は、妻と娘の並んだ遺体と対面しました。真菜の顔を見ると、傷だらけになって冷たくなっていました。娘の顔は原型を留めておらず、小さな手を握っても二度と握り返してくれることはありませんでした。

 後から聞いた話では、時速約96キロの車にはねられた自転車は真二つに割れ、妻だけ50メートル弱も吹き飛ばされたと聞きました。あんなにいつも一緒にいた2人が、最後の最後に離れ離れになってしまった。どれだけ無念だっただろうか。どれだけ怖かったのだろうか。守ってあげられなかった。「生きている意味がない。自分も死のう」と思いました。しかし、愛する2人の命だからこそ無駄にしたくない。そう思うようになり、事故から5日後、記者会見で交通事故の悲惨さを訴えました。

 それからの生活は、悲嘆と葛藤と苦悩の日々でした。なぜ生きるのか。自分に問いながら、今でも2人への愛を胸に秘め、交通事故撲滅の活動を続けています。しかし、この心の傷が元に戻ることはもうないでしょう。今の私の率直な想いを述べさせていただきました。

 最後になりますが、刑事裁判中でありながら、なぜ民事裁判で提訴したのかを述べます。

 それは、真実を知りたいからです。そのために考えうるあらゆる手段のひとつが民事裁判でした。加害者が無罪主張をしたことや、コロナウイルスや加害者の年齢の点から、いつ加害者から真実を述べてもらえるのかが分かりません。そのため、やむにやまれず刑事裁判の判決を待たずに民事裁判を提起しました。私は加害者本人に直接聞きたいことがたくさんあります。そして私の前で、自身の口から真実を述べてもらい、真実を明らかにしてほしいと思っています。

      以上

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