高田和三郎死刑囚が病死 埼玉、昭和47~49年に3人殺害

 埼玉県内で昭和47~49年に知人ら3人を殺害したなどとして強盗殺人罪などに問われ死刑が確定した高田和三郎死刑囚(88)が17日未明、肺炎のため東京拘置所で死亡した。法務省が発表した。刑事施設に収容されている確定死刑囚は110人となった。

 法務省によると、高田死刑囚は平成30年6月から肺炎の症状がみられ、拘置所の病棟に収容されていたが、16日朝に苦しそうな呼吸をしているのを職員が発見。酸素吸入などをしたが、同日午後11時10分ごろに容体が急変し、翌17日午前0時45分に医師が死亡確認した。

 確定判決によると、高田死刑囚は昭和47年2月、不動産ブローカーの男と共謀し、借金返済を迫った農業の男性の頭をハンマーで殴って殺害。48年7月、犯行の発覚を恐れて不動産ブローカーをジャッキで殴り殺した。49年2月には、多額の預金を持っていた知人男性の頭を石で殴って殺害し、預金通帳を奪って約300万円を引き出した。

 1、2審で死刑判決を受け、最高裁が平成11年2月に上告を棄却、死刑が確定した。

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