「2階に寝かせれば」101歳目前の母奪われ…募る思い 台風19号

 台風19号による水害では100歳の大内寿美子さん=福島県いわき市=も犠牲になった。大正、昭和、平成、そして令和…。4つの時代を生き抜いた最期があまりにも残酷ではないかと、遺族は、1カ月を迎える今もやり場のない憤りを抱えている。

 台風の脅威が迫っていた10月12日、寿美子さんはいつも通り夜の8時には床についた。一緒に暮らす次女の鈴木良子さん(68)は雨脚が強くなっていたのは分かっていた。「何かあったら呼ぶからね」。そう会話を交わしたのは覚えている。

ゴボゴボ…聞きなれない音が

 テレビでは、いわき市の全域に避難指示が出たことを知らせていた。「特定の地域ならともかく、全市民が避難なんて…」。そのニュースを良子さんは、どうしても現実的には受け止められなかった。13日未明になると、雨もやんだ。「もう大丈夫だろう」。良子さんも電気を消した。

 だが、異変が忍び寄っていた。午前3時すぎ、ゴボゴボと聞き慣れない音で良子さんは目を覚ました。慌てて寿美子さんが眠る1階に向かおうとしたが、すでに階段の途中まで浸水していた。

 停電で暗闇が包む中、何度も水の中に潜ろうとしたが、階下までたどりつけなかった。「こんな状況で生きているはずがない」。良子さんは覚悟を決めた。長い夜が明け、寿美子さんは遺体で見つかった。

90歳まで自転車、編み物が得意

 寿美子さんは戦後、満州から引き揚げ、夫の仕事の関係でいわきに根を下ろした。70歳を超えてもバレーボールで汗を流し、90歳まで自転車に乗るほど元気だった。

 最近は薬も飲まず、身の回りのことも自分でこなしていた。編み物が得意で周囲に教えてもいたし、誰からも慕われ、好かれていた。「編み物を少しでも間違えると全部作り直す。やることはきちんとやる性格でした」。良子さんは振り返る。

 10月21日には101歳の誕生日を無事に迎えられると周囲は信じて疑わなかった。だが、夏井川の決壊による浸水が、おだやかな未来を奪い去った。

 台風から1カ月。片付けに追われる中、自宅からは、寿美子さんが大切に保管していた良子さんらが幼い時に書いた日記や絵などが出てくる。「子供思いの母だった。もし決壊する可能性が少しでもあると知っていたら、2階で寝かせたのに…」。良子さんは片付けの手を止め、拳をぎゅっと握りしめた。(山本浩輔)

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ