「覚悟は決めた」 台風19号から日常取り戻すために歩む住民 宮城・丸森

 台風19号で大きな被害に見舞われた宮城県丸森町。町役場庁舎周辺のエリアは広範囲で浸水し、水が引いた後は大量の泥が残った。しかし、台風上陸から4週間が経過した現在はマスクを着用して汗を流す人の姿はまばらで、道路を走る自衛隊の車両の数も減った。

 「車通りは寂しいね。よく見る顔も見なくなったなあ」

 同町片岸にある「サトウ精肉店」の代表取締役、坂元貞治さん(56)がつぶやいた。台風が上陸した10月12日も、普段通りコロッケなどの総菜を仕込んでいた。店舗は浸水をなんとか免れ、「電気とガスは大丈夫だったから」と翌13日から店を開け続けている。

 坂元さんの実家がある同町五福谷地区では川が氾濫し、家屋は半壊との認定を受けた。母は自宅に引き取ったが、弟夫婦は今も避難所での生活を送る。「復旧が何年先になるか、不安な人も多いだろう」と話す。

 坂元さんは10月下旬から「がんばっぺ丸森」と書いた小さなシールを自前で700枚ほど作り、コロッケの袋に貼り始めた。自らを奮い立たせるためでもある。坂元さんは言う。

 「対面販売を通して、話をすることで心を安らげてあげたい」

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 相次ぐ自然の猛威に、立ち止まる人もいる。

 「もう、涙も出ません」。そう話す同町鳥屋の無職、渡辺すみよさん(79)は、平成23年の東日本大震災の津波によって当時住んでいた同県亘理町の家が流され、夫の彰夫さん=当時(72)=を失った。今回の台風では、自宅が胸の高さまで水につかった。

 8年前、亡き夫の古里である丸森町に移住。風光明(めい)媚(び)な土地で地域の人とふれあう中で、震災からの悲しみはやわらぎ始めていた。しかし、再び被災。すみよさんは12日午後に避難し、不安を抱えたまま3日間を過ごした。家に戻ると、泥まみれの畳や横転した家具が目に飛び込んだ。

 断水が解消し、少しずつ片付けも始めた。近所の人も手伝ってくれる。「町のいいところ。人が温かい」。それでも、寂しさと不安に襲われ、ふと涙がこぼれる時があるという。

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 穏やかな川の水流は台風によって濁流へと変貌し、日常の生活を飲み込んだ。ただ、日常を取り戻すための歩みは始まっている。

 丸森町の観光の目玉の1つである「阿武隈ライン舟下り」は中断を余儀なくされたが、今月3日に再開した。紅葉が見頃を迎える11月は観光客でにぎわう時期。船5隻は無事だったが、台風上陸後は団体ツアーの中止が相次いだ。

 計8キロの航路では、色づき始めた木々の間から崩落した巨岩や倒れた電柱も見え、台風の爪痕の大きさを物語る。「水の恐ろしさも感じると思うが、きれいな景色を見てほしい」。船頭の滝野正浩さん(59)は言葉に力を込める。

 「こんな時に再開していいのか」と自問自答したこともある。それでも「覚悟は決めた。船頭が仕事だから」。滝野さんは傷ついた町で、船を走らせ続ける。(千葉元)

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