ラグビーW杯 被災地で唯一試合行う釜石 ラグビーがもたらしたものは

 日本代表の快進撃に沸くラグビー・ワールドカップ(W杯)。東日本大震災の被災地で唯一試合が行われている岩手・釜石は、津波で全壊した小中学校跡に釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムを新設するなどしW杯に復興への希望を託してきた。震災は11日で8年7カ月を迎える。釜石でのW杯は13日のナミビアとカナダの一戦で終わりを迎えるが、地元に何をもたらしたのか。(大渡美咲)

 ■人が集う場に

 《ぶつかったり、パスしたり、後退したり》。新日鉄釜石の元社員、木村正明さん(63)は、ラグビーを見ていると単純には進まない復興と重なる。「ラグビーは15人、復興も1人じゃない」

 木村さんは、自宅にいた母の光子さん=当時(81)=を津波で失った。市立鵜住居小の職員をしていた妻のタカ子さん=同(53)=の行方は今も分かっていない。スタジアムはタカ子さんが、あの時にいた小学校の跡地に建てられた。「スタジアムの下に母ちゃんがいるんじゃないか」。建設決定の際には素直に喜べなかった。

 だが、月日がたつに連れ心境は変化した。元同僚には、黄金期を支えた新日鉄釜石ラグビー部の面々もいる。「2度の試合で終わらせず、みんなの集う場にして笑顔が生まれるようになれば本当の復興が見えてくるんじゃないかな」。期待を寄せる。

 ■活用方法は未定

 市民らの熱意で誘致に成功し、開催12都市の中で唯一新設された釜石鵜住居復興スタジアム。だが、W杯後の具体的活用方法は決まっていない。

 釜石市内でバーを営む木皿昌宏さんは、スタジアムに「復興」の文字が躍ることに違和感を覚えている。

 震災で母を亡くし、地元の釜石に戻ってきたが、あれから8年7カ月が経過した。「いつまでも被災地としての釜石ではなく、魅力のある釜石に来たいと思ってもらわないといけない」

 その絶好の機会とも言えるのがW杯だった。「盛り上げたいという気持ちもやってよかったという思いももちろんある」という。

 ただ、釜石では日本戦はなく、地上波の生中継もない。「単なるお祭り騒ぎで終わったら意味がない」。複雑な心境をのぞかせる。

 ■防災考える契機に

 かすかな手応えを感じる住民もいる。スタジアム近くには、津波の怖さを伝える「いのちをつなぐ未来館」もでき、足を運ぶ観客の姿もあった。スタジアムにも木村さんらの案で《あなたも逃げて》と書かれた祈念碑が建てられた。

 釜石高3年の洞口留伊(ほらぐちるい)さん(18)は、先月25日の試合当日、その祈念碑の前で同級生らと震災時の状況を伝える活動に加わった。

 釜石でのW杯は13日で終わるが、訪れた観客の記憶には釜石が確かに刻まれているはずだと信じている。「1人でも多くの人が防災について考えるきっかけになれば」。そう願う。

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