京都アニ事件1カ月 子供の娯楽、芸術に昇華した社風

【京都アニ事件1カ月(下)】

 放火殺人事件で多くの犠牲者が出た京都アニメーションは、京都を地盤に、雇用の安定など人を大切にする先進的な社風で成長した。彼らを語るうえで欠かせないキーワードが「反骨精神」と「職人魂」だ。

 ■緻密な技術

 ほかの多くのアニメ制作会社と同様に、京アニはメディアや自治体、他企業との連携ビジネスなどとは距離を置いてきた。

 なぜか。京アニをよく知る京都文化博物館の森脇清隆映像・情報室長(主任学芸員)は「職人としての意地とプライド」を挙げる。

 京アニが創業した昭和56年ごろは、アニメはまだ「テレビマンガ」と呼ばれ、単なる子供向けの娯楽と認識されていた。

 「その頃から彼らは、西陣織のような京都の伝統工芸を生み出す職人技と自分たちの緻密な映像制作技術は同列だと自負していた。なので、長年、周囲の評価とのギャップに悔しい思いがあったはずです」

 その悔しさが独立独歩の精神を育み、“作品づくりが全て”という社風を生んだ。「少人数で妥協のない高品質の作品づくりに尽力すれば、メディアや行政への対応などは自然と二の次になる」と森脇室長。

 その精神が、京都で独自の作品を作り出す気風につながった。そして、拠点を東京に置くのではなく京都に構えたことが、さらなる強みを生み出していった。業界では数少ない「アニメーターの正規雇用」もそうしたものの一つだ。森脇室長は「正社員の採用・育成や女性の活用にこだわるのも、東京と違ってアニメ系の人材確保が困難な京都でビジネスを続けるうえでの必然だった」と分析する。

 平成21年から、アニメの原作小説などを一般公募する「京都アニメーション大賞」を始めたのも、同じベクトルに向いていた。

 「東京の大手出版社などが権利を持つ小説を原作に選ぶと、そうした資本に主導権を握られる」(森脇室長)

 職人らが高い技術で作品作りにこだわり続けた結果、京アニは、京都の地で日本を代表するアニメスタジオへと成長を遂げた。そして、思わぬ影響も及ぼしている。

 京都市コンテンツ産業振興課の牧沢憲課長によると、約10年前から、京アニに憧れて京都に進出するアニメ制作会社が増加。今では、地方都市としては異例の5社が拠点を構えるまでになっている。

 同市は24年から毎年、西日本最大級のマンガやアニメの総合見本市「京都国際マンガ・アニメフェア(京まふ)」を開催するなど“アニメの街・京都”をアピールしてきたが、そこには京アニの存在が欠かせなかったといえる。

 ■人材育成を

 それだけに、事件による損失は多大だ。従業員165人の社員のうち、犠牲になったのは5分の1を超える35人。重軽傷者も34人にのぼった。京アニの営業存続には苦難が待ち受ける。

 「どのアニメ制作会社もスタッフの数が足りていない。例えばメインのアニメーターが1人欠けるだけでも仕事が回らなくなる」

 アニメーターとしても活動する京都精華大学マンガ学部アニメーション学科の大橋雅央(まさひろ)学部長(専任講師)はアニメ業界の現状をこう解説したうえで、事件でベテランアニメーターやヒット作を担当した監督らアニメ界を牽引(けんいん)してきた人材が犠牲になった点について、「京アニのように指導的立場の人材が欠けると、今後の影響は計り知れない」とみる。

 さらに、犠牲者の中には20代の気鋭のアニメーターらが含まれていた。これからの京アニや、日本のアニメ界を背負っていくはずだった人たちだ。

 大橋学部長は「京アニの細密な作画力は日本でもトップ級。同業他社から『京アニの作画クオリティーを求められても困る』との嘆きの声をよく聞く」としたうえで、「今後はその高クオリティーを支える人材の育成がまず課題となる」と指摘する。

 事件では、青葉真司容疑者(41)の容体が予断を許さず、全容解明には時間を要するとみられる。また、犠牲者家族や負傷者、京アニ関係者らに対する力添えも息の長いものが求められるだろう。ただ、困難に立ち向かう京アニには、支援の輪が大きく広がっている。国内外の少なくとも10万人程度から支援金が寄せられているとみられることが、それを表している。再び京アニが美しい物語を描き出すことを、世界が待ち望んでいるのだ。

(終わり)

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