京アニ放火事件から1カ月 不可解な敵意 男を凶行に駆り立てたものは…

 【京都アニ事件1カ月】(上)

 「お金持ちになりたい」。友人も多く、柔道教室に通っていた小学生は、約30年後の夏、京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」(京アニ、本社・京都府宇治市)第1スタジオにガソリンをまいて火を放ち、35人を殺害した。

 京都府警が殺人などの容疑で逮捕状を取った青葉真司容疑者(41)。現在、全身やけどで大阪府内の病院で治療中で、皮膚移植を繰り返すなど予断を許さない状況が続く。どこにでもいるような少年が、なぜ凶行に及んだのか。青葉容疑者の足跡を追うと、おぼろげながら背景が浮かび上がってきた。

顔を見たことない

 小学生から高校生にかけて、父と兄、妹とともに旧浦和市(現さいたま市)で過ごした青葉容疑者。ゲームが好きで、同級生の家を行き来する、活発な小学生だった。だが、中学に入ると別の同級生の男性が「ほとんど学校に来ていなかった。顔も見たことがない」と明かし、周囲の青葉容疑者に対する印象が急激に薄くなる。

 その後は埼玉県立高校の定時制に通いながら、10代後半は平成7年から約3年間、県の非常勤職員として勤務。庁内に届いた文書の仕分けを担当した。

 この頃、青葉容疑者の生活に大きな影響を与えたことが起きた。個人タクシーの運転手だった父の死だ。業務中の死亡事故で負うことになった賠償金が支払えず、自殺を選んだという。

 この後、青葉容疑者ら3きょうだいの生活は困窮を極め、当時暮らしていたさいたま市内のアパートの家賃を滞納。追い出されるように出ていった。20代の大半は、同県春日部市のアパートに住み、コンビニで働いた。

 リーマン・ショックが起きた20年12月には、茨城県常総市の雇用促進住宅に入居を申請。30歳の青葉容疑者は勤め先の派遣契約の停止で、収入と住まいを失い、ハローワークのあっせんで申し込んだという。ただ、約3万円の家賃はほぼ未納だった。

 24年6月には同県坂東市でコンビニ強盗を起こした。事件後、管理人が部屋に入ると、汚れた皿が流し台に積まれ、衣服やカップ麺の空の容器が散乱。ハンマーが残されており、壁のあちこちがたたかれたように壊れ、窓が割られ、ノートパソコンが粉々に破壊されていた。

 強盗事件の裁判記録によると、「仕事で理不尽な扱いを受けるなどして、社会で暮らしていくことに嫌気がさした」と説明したとされる。懲役3年6月の実刑判決を受け服役後、さいたま市見沼区のアパートに移ったが、騒音トラブルを繰り返した。7月14日も住民の男性に「殺すぞ」「こっちも余裕ねぇんだ」とすごんだという。そして翌15日、新幹線で京都に向かい、その3日後の18日、凶行に及んだ。

 敵対視の書き込み

 「京アニに裏切られた」「原稿叩(たた)き落として裏切ること」「爆発物もって京アニ突っ込む」

 インターネットの掲示板に、京アニを敵対視する文言が書き込まれるようになったのは昨年の秋だ。

 こんな記述もあった。「思考盗聴まで行ってアイデアをパクる」。京アニの公式サイトの問い合わせフォームにも、特定の社員3人への殺害予告や脅迫も200回ほど書き込まれていた。

 7月18日、京アニ第1スタジオに火を放った青葉容疑者は、府警に身柄を確保された際、「俺の小説をぱくった」と叫んでいた。

 京アニが実施した小説の公募に、さいたま市見沼区の住所から青葉容疑者と同姓同名の人物から小説の応募があった。捜査関係者は「読める内容のものだった」と打ち明ける。

 実際、青葉容疑者と同姓同名の人物が小説を応募していることから、青葉容疑者が叫んだ「ぱくった」は、「盗んだ」という意味と考えられる。

 ただ、この小説は1次審査で落選しており、京アニ側は「これまで制作された弊社作品との間に、同一または類似の点はないと確信している」とコメント。「盗まれた」というのは、本人の思い込みにすぎない。

 掲示板に書き込んだのが青葉容疑者自身であっても不自然ではない。しかし、そこまで憎しみを募らせる理由は見当たらない。

 府警は青葉容疑者宅の家宅捜索で、大量の原稿用紙やタブレット端末、複数のスマートフォン、京アニ関連グッズを見つけた。部屋は、かつて暮らしていた雇用促進住宅の部屋と同様に荒れており、怒りをぶつけたかのような壊れたスピーカーもあった。

 怒りの背景は何か。

 犯罪心理学が専門の東京未来大学の出口保行教授は、青葉容疑者の生い立ちに注視する。社会にうまく適応できず、「なぜ社会が自分を評価してくれないのか」という疎外感を持っていたことは、事件前の行動から想像できるとし、「青葉容疑者がその疎外感を『社会が悪い』『世間が悪い』と責任転嫁し、不満を敵意に変えていったのではないか」と分析する。

 その上で「『小説をぱくった』という発言のように、本人が敵と思い込むだけのものがあったのだろうが、あくまで本人の思い込みにすぎない」と、一方的に恨みを募らせていった可能性を指摘する。

 捜査幹部は「過去のトラブルや性格などは徐々に見えてきているものもある。ただ、決定的に動機や犯行手段につながるものは今のところまだよくわからない」と話し、こう続けた。「全容を解明するには相当な時間がかかるだろう」

 「涼宮ハルヒの憂鬱」や「けいおん!」など数々の名作アニメを生み出してきた京アニのスタジオが放火され、35人が犠牲となり、34人が負傷した事件から18日で1カ月。事件の背景や被害者支援、日本アニメ界に与える影響などを追う。

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