「運転しない選択肢を…」 広がる池袋暴走事故遺族の思い

 少しでも運転に不安がある人は、車を運転しないという選択肢を考えてほしい-。4月に東京・池袋で乗用車が暴走した事故で、妻子を亡くした男性のメッセージをドライバーに伝える取り組みが広がっている。大阪府警は、同じように交通事故で家族を亡くした女性に朗読を依頼。免許更新の講習前に音声を流し、安全運転を呼びかけている。年間100万人以上が受講することになるといい、府警幹部は「遺族の心情を伝えることで、事故の悲惨さを強く訴えることができる」と話している。(西山瑞穂)

 8日、大阪府門真(かどま)市の運転免許試験場の教室に、穏やかだが、悲しみのこもった女性の声が響いた。「最愛の妻と娘を同時に失ってから今日(こんいち)まで、なぜこのようなことになってしまったのか訳が分からず、いまだ妻と娘の死と向き合うことができません」。突然の事故で家族を奪われた男性の悲痛な思いに、受講者らは真剣な表情で耳を傾けた。

 事故が起きたのは4月19日午後。東京都豊島区東池袋の路上で、80代の男が運転する車が赤信号を無視して通行人らを次々とはね、松永真菜さん(31)と長女の莉子ちゃん(3)が死亡した。

 松永さんの夫である男性は会見を開き、「不安を自覚した上で運転しそうになったとき、2人を思い出し、思いとどまってくれるかもしれない」と妻子の写真を公開。こうした訴えで事故が減れば、「妻と娘も少しは浮かばれるのではないか」と胸の内を語った。

 警察庁は男性の承諾を得て、このメッセージを全国の警察に通知。大阪府警では「同じ立場の人が語ればより心に残る」と考えて「大阪交通災害遺族会」に朗読を依頼した。

 担当したのは、19歳のときに交通事故で父親を亡くした同会副理事長の本津(ほんつ)小夜子さん(70)。録音の際には男性のつらさが胸に迫って声を詰まらせ、朗読を2度やり直した。

 それでも最後は涙をこらえ、社会に訴えかけた男性の姿を思い浮かべながら、しっかりと読み上げた。「一人でも多くの人にドライバーの責任の重大さが伝わり、それが事故防止につながれば」。本津さんの願いも男性と同じだ。

 男性の思いは全国に広がっている。大分県警では、80歳以上のドライバーに運転免許の自主返納制度を案内するパンフレットを郵送する際、メッセージを同封している。

 県警の担当者は「田舎には車に代わる足がなく、免許返納が難しい面もある。ただ、ご遺族にしか書けない文章の衝撃は大きく、できるだけ多くの人に読んで考えてほしいと思った」と明かす。

 警視庁志村署(東京都板橋区)は5月末から、管内の全駅でメッセージを記したチラシを配布。ホームページで男性のメッセージを公開している警察本部もある。

 運転免許の自主返納は近年、増加傾向にあるが、東京・池袋の事故後はさらに急増している。

 免許を返納した人が商店街で割引サービスを受けられる制度を設けるなど、積極的に自主返納を促してきた大阪府警では、平成25年に年間約1万1千人だった返納者数が5年後には約3倍に増加。事故後の今年5月には4137人(暫定値)が返納し、1カ月の返納者数では過去最多となった。

 警視庁では5月に5759人、6月は6786人が返納。1カ月の返納者数としては、統計を取り始めた26年以降、過去最多と2番目の多さだった。

 一方、高齢者の交通事故は深刻な状況だ。75歳以上の運転者による死亡事故は年間400件台で推移。30年は前年比10%増の460件だった。全死亡事故に占める割合は20年に約8%だったが、30年は約13%と高くなっている。

 事故を防ごうと、自動車メーカーでは自動ブレーキや踏み間違え時の加速抑制装置といった機能の導入が進んでおり、自動ブレーキ搭載率は新車では約8割に到達。さらに、国土交通省は国内大手8社に対し、販売済みの車で踏み間違いなどを防ぐことができる「後付け装置」の開発も要請している。

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