川崎と元事務次官の刺殺事件にみる「引きこもり」 当事者にとって家の中は社会より安心な“居場所”

【負の連鎖~どうなる「引きこもり」と家族】

 川崎市の児童ら襲撃と東京都練馬区の元事務次官による長男刺殺の2つの事件は、「引きこもり」という文脈とともに大々的に報じられ、全国に衝撃を与えた。

 「うちの子も同じような行為を起こすのではないか」

 事件の後、筆者のいるNPO「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」にも、報道などで不安を煽られた親たちから、そんな心配を口にする相談の電話が、朝からひっきりなしにかかってきた。中には、「昨夜、父親が引きこもる息子に“おまえを殺して俺も死ぬ”などと責めて、取っ組み合いのケンカになった」と悲鳴を上げる母親からのSOSもあった。

 「川崎の襲撃事件が頭をよぎった」と供述したという元事務次官のような危機的状況にある家庭は、全国各地に数多く埋もれている。「死ぬなら1人で死ねば」などの心ない無神経な一言で、最後の後押しになりかねないような命の危機につながるギリギリの状況に置かれた家族の多くは、誰にも相談できずに孤立して切羽詰まっているだけに、テレビなどのメディアの発信のあり方を危惧している。

 しかし、そもそも2つの事件は、異質なものである。

 川崎の事件は、「引きこもり」状態が要因で外に向かって無関係の人に危害を加えたとは考えにくい。それは、引きこもり状態の背景にある共通傾向が、過去に学校や職場でさんざん傷つけられ、これ以上の争いや傷つけられる体験を回避するために撤退してきた防衛反応だからだ。川崎の事件の容疑者が、たとえ引きこもり状態にあったとしても、本人の中にあった命を脅かされかねない危機的状況を解明しなければ、犯行に至った本当の動機はわからない。

 一方、当事者本人からの相談も多く寄せられている。その多くは「川崎の犯人と自分が同一視されるのではないか」「引きこもりへの偏見が助長されるのではないか」と危惧する声で、「ますます外に出られなくなった」と萎縮している人たちが少なくない。また、「安心できる居場所の情報が欲しい」という声も多かった。

 引きこもる当事者たちにとって、危険な社会に比べ、家は安心できる「居場所」となっている。そんな人たちが理由もなく外に飛び出していくことは考えにくい。

 襲撃事件が起こる前、容疑者と同居していた親族は14回にわたって川崎市精神保健福祉センターに相談したという。家族は助けを求める声を上げ、14回という回数からも切実感が伝わってくる。が、結果的に助けてもらえなかった。

 「食事・洗濯は自分でやっているのに、引きこもりとは何だ」

 この容疑者が残した言葉は、重要なキーワードだ。類推すれば、自分なりに生活できていて問題ないと思っている。「引きこもり」だとも思っていない。そんな本人にとって、自分が大事にしてきたプライベートゾーンに外部の人が十分な説明もなく侵入してきた。そのことに脅威を感じ、突き動かされる何かがあったのではないかと、筆者には感じられるのである。

 ■池上正樹(いけがみ・まさき) 通信社などの勤務を経てジャーナリスト。日本文藝家協会会員。KHJ全国ひきこもり家族会連合会理事。20年以上にわたって「ひきこもり」関係の取材を続け、1000人以上の当事者に向き合う。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」の設立メンバー、東京都町田市「ひきこもり」専門部会委員などを務める。著書は『ルポ ひきこもり未満~レールから外れた人たち』(集英社新書)、『大人のひきこもり』(講談社現代新書)、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社/共著)ほか多数。

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