経験の継承、守秘義務が壁 成熟した制度へ見直し提言

 【変わる法廷 裁判員制度10年(6)完】

 「十分話し合っていないのに、多数決をとるのはおかしい」「多数決で決めていいと思う」

 1月、東京都内で小学生らが意見を交わした。クラスで行うレクリエーションを多数決で決めた後に不満が出たという想定で、解決策を探るためだ。

 「自分の考えを客観視し、意見をきちんと伝えられるようになってほしい」。歯科医師の古平衣美(こだいら・えみ)さん(46)はそんな思いから、小学生らを対象にディスカッション講座を始めた。

 きっかけは、裁判員を務めた際に「納得のいく議論ができていなかった」という後悔、そして守秘義務を気にして口を閉ざしたこともあり、感じたことを社会に生かしたいとの思いが強くなったからだ。

 平成22年6月、東京地裁で裁判員を務めた。面識のない女性を背中から刺した殺人未遂事件。被告の男は両親が行方不明で、自傷行為をしていた。「行為は許されないが、環境の問題もあるのかもしれない」と思う一方、「今も外出時はリュックにまな板を入れている」という被害女性の言葉も胸に刺さった。

 評議を経た結論は求刑通り懲役10年。最後に裁判長が言った。「裁判員を経験したことは大いに話してください。でも、評議室の中のことを話すと罰金です」

 ■「線引きあいまい」

 裁判員法は、非公開の評議で出た意見や多数決の中身などについて裁判員の守秘義務を規定している。違反すれば6月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される。

 公開の法廷で見聞きしたことや感想などは守秘義務の対象外だが、経験者からは「線引きがあいまい」「心配だから何も話さなかった」との声が上がる。守秘義務の規定を過剰にとらえて経験を語ることを萎縮する人も少なくない。

 古平さんも当初は経験を胸にしまった。しかし、他の事件の裁判員経験者と出会って悩みを語り合ううちに「自分の裁判はどこまで話していいのか」が次第に分かるようになった。

 当時、評議でいろいろな意見が出る中で、自分は「なんとかまとめなくては」と身の丈に合わない意見を言っていたのではないか。「きちんと被告を中心に考えていただろうか」。そんな後悔が募り、苦しんだという。

 29年11月に東京地裁で強盗致傷事件を担当し、被告の男に懲役9年を言い渡した経験がある女性会社員(52)も当初、守秘義務を気にしていた。

 一方、男が法廷で泣いている姿を思い出して、苦しくなるようになった。「このまま終了していいのか」という思いが募り、昨年3月、初めて人前で経験を語った。今月19日、都内で開かれた裁判員制度のシンポジウムにも登壇した。

 「経験して良かったし、終わりにしなくて良かった」と女性。だからこそ「経験者の声が身近に聞こえる社会になってほしい」と思う。

 ■自由に話せるように

 市民団体「裁判員経験者ネットワーク」や「裁判員ネット」など6団体は今月、守秘義務の見直しを求める共同提言をまとめた。

 提言では、守秘義務によって経験者の表現の自由が制限され、心理的負担も与えると指摘。貴重な経験を社会で共有するため「発言者を特定しない限りは、経験者が原則自由に話せるようにすべきだ」とした。

 裁判員制度開始以降、10年間で9万人以上の国民が法廷で被告と直接対峙(たいじ)し、事実認定や量刑に悩みながら結論を下してきた。「国民の司法参加」をより成熟させるためにも、経験を踏まえた議論を重ねる取り組みは不可欠だが、公の場で語っている人はまだ一部にすぎない。

 元裁判官で一橋大の青木孝之教授(法学)は「守秘義務のあり方を見直し、経験を社会に還元する道筋をつくるべきだ」と話している。=おわり

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 連載は滝口亜希、市岡豊大、緒方優子、加藤園子、矢田幸己、山本浩輔、村嶋和樹、上田直輝が担当しました。

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