3千億円が闇社会に消えたイトマン事件 OBが激白「裏側伝えたい」

【衝撃事件の核心】

 大阪の中堅商社イトマンを通じて3千億円が闇社会に消えたとされる平成3年のイトマン事件。バブル期を象徴する戦後最大の経済事件といわれたが、平成も終わりに差しかかり、当時の関係者の多くが表舞台を去り、社会からその記憶が薄らぎつつある。「生きているうちに事件の舞台裏を伝えたい」。同社常務として社長の電撃解任などの節目に立ち会い、現在は大阪市内の会社で役員を務める傍士倶明(ほうじ・ともあき)氏(82)が、マスコミに初めて体験を語った。(井上浩平)

■争乱前夜の血判状

 冷たい雨が降っていた。平成3年1月25日未明、大阪市内のホテルの一室に、当時のイトマンの河村良彦社長=22年、85歳で死去=を除く同社幹部らがひそかに集まった。同日午前に開かれる定例役員会で、無謀な投資を重ねて会社に膨大な損害を与えたとして、河村解任の緊急動議を出すことを確認していた。

 「事態はそこまで来たか。会社を守るにはそれしかない」。常務の傍士氏は召集をかけた反社長派の説明に納得したという。

 幹部らは動議に賛成することを誓い、指に朱肉を付けて押印。「固い決意を表す『血判状』だけに裏切ることはできないと思った」

 数時間後、同市中央区本町のイトマン本社で始まった役員会。その冒頭、河村氏の開会宣言と同時に副社長が立ち上がり、「河村氏の代表取締役および社長の解任を求める」と動議を出した。

 役員数人を残して傍士ら約25人が起立し、社長解任が決定。「議題にないから無効だ」。河村氏はこう叫んだというが、そのまま退場。このクーデターはイトマン事件のハイライトの一つとなった。

■住銀会長の懐刀

 イトマン事件は、昭和末期から平成初期にかけて起きた特別背任事件。不動産事業で損失を抱えていたイトマンが反社会的勢力に取り込まれ、絵画取引やゴルフ場開発などの名目で巨額の資金を流出させた。

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