ヒデとロザンナ「できちゃった結婚」スクープ 「ギョーカイ」に干された俳優、司会に懸命の日々

出門英さん没後30年 よみがえる愛の奇跡

 人気デュオ、ヒデとロザンナの出門英さんが旅立って30年がたつ。今もカラオケで『愛の奇跡』を歌うたびにヒデさんの甘い声やドラマで見せたダンディーな容姿がよみがえる。歌手、作曲家、俳優、司会。多才な姿を発揮しながら突如47歳の若さで世を去ったナイスガイを番記者だったジャーナリストが懐かしむ。

 スポーツ万能なヒデさんは1975年7月、フジテレビの『芸能人ゴルフ大会』に出演した。舞台は厚木国際CCで、放送記者だった私も現地取材を命じられていた。その前日、ヒデさんから電話があり「私の車で一緒に行きませんか」と誘われ、私は「それはありがたい」とふたつ返事で便乗をお願いした。

 私より1カ月アニキの同級生で、ともに「できちゃった結婚」と境遇も似ていたこともあり、ウマが合った。

 ヒデさんは渋谷のマンションから、東中野の私のアパートまで迎えに来てくれた。彼の愛車は確か74年に誕生したワーゲンシロッコで左ハンドルだった。小型車の割には居住性はよくて、右側の助手席に乗った私はしばらく居心地が変だった。

 飛ばし屋のヒデさんの車が東名高速の追い越しラインに出ると、助手席側はすれ違う対向車と近いため、ちょっと怖いのである。

 ハンドルを握りながら、ヒデさんはよくしゃべった。そのころ、ロザンナは身ごもっていて「ヒデとロザンナ」は活動休止状態。ヒデさんは俳優や司会の仕事で生計を立てようと懸命だった。ところが、ヒデさんは「ギョーカイ」に干されていたのである。

 原因は2人の結婚だった。2人は68年5月にデュオを結成して『愛の奇跡』が大ヒット。その後2人の私生活と同時進行のような『粋なうわさ』(69年)、『愛は傷つきやすく』(70年)が次々とヒット。NHK紅白歌合戦にも2度選ばれている。そんな2人の「結婚スクープ」をスポーツ紙、女性週刊誌、テレビのワイドショーが激しく競った。

 スクープをものにしたのはフジテレビのトーク番組『スター千一夜』だった。数々のスターの結婚・離婚をスクープしてきた番組が、ヒデロザの「ハワイ挙式」を独占取材したのである。出し抜かれた他局は「ヒデロザボイコット」網を敷いたのである。 (中野信行)

 ■出門英(でもん・ひで) 本名・加藤秀男。1942年12月15日生まれ。東京都出身。62年に日活6期生ニューフェースに合格、同年『東京ロマンチックガイ』で歌手デビュー。68年5月にデュオ「ヒデとロザンナ」を結成、9月に出した『愛の奇跡』が大ヒット。75年2月に8歳下のロザンナと結婚、2男1女を授かった。ドラマ『痛快! 河内山宗俊』(75年、フジテレビ)など俳優でも活躍。90年に末期の結腸がんが発覚、6月17日に死去。47歳だった。

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