作曲家・筒美京平さん死去 GS、アイドル、歌謡曲からアニメまで3000曲

 「また逢う日まで」「17才」「サザエさん」など、世代を超える名曲を数多く生んだ作曲家、筒美京平(つつみ・きょうへい、本名・渡邊榮吉=わたなべ・えいきち)さんが7日午後3時頃、誤嚥性肺炎のため東京都内の自宅で死去したことが12日、分かった。80歳だった。かねてから自宅で病気療養していたといい、葬儀は妻、善子(よしこ)さんが喪主を務め、近親者で営まれた。昭和歌謡の黄金期を支えながら、表舞台に出ることを好まなかったシャイな天才は、偉大な名曲を残して静かに旅立った。

 希代のヒットメーカーが、フェードアウトする音楽のように人生の幕を閉じた。

 所属事務所の日音が12日午後、文書で筒美さんの死去を発表。かねてから自宅で病気療養中だったと明かし、「故人の遺志により、葬儀は近親者のみで執り行われ、訃報のご連絡も葬儀後とさせていただきました」と報告。お別れの会はコロナ禍で予定はない。

 筒美さんは長年、体の動きに障害の出る難病、パーキンソン病を患っていたそうで、最近は外出もめっきり減っていた様子。作曲活動も思うようにできなかったという。

 生涯で3000曲弱を作り、シングル39作品がオリコンチャート1位を獲得したレジェンドは、東京都出身。大手レコード会社、日本グラモフォン(現ユニバーサル)で洋楽のディレクターを務めた後、1966年に藤浩一(のちの子門真人)らが歌った「黄色いレモン」で作曲家デビュー。いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」、南沙織の「17才」、故尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」などヒット曲を量産した。

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