【追悼ヴァン・ヘイレン】マイケル・ジャクソンとの共演はノーギャラだった

 米人気ロックバンド「ヴァン・ヘイレン」のギタリストとして活躍したエディ・ヴァン・ヘイレンさんが6日、65歳で亡くなった。

 実は、ロックギターに革命を起こした最初のギター奏者は、1970年9月に27歳で夭折(ようせつ)した米のジミ・ヘンドリックスだった。60年代、フェンダーのストラトキャスターのトレモロバーを激しく動かして弦の張力を弱め、トリッキーなうねりや爆音のようなサウンドを生み出したほか、コード(和音)とリズムカッティングを複雑かつ幾何学的に組み合わせ、そこに米黒人伝統音楽、ブルーズ由来の激しいギター・ソロを加えるのだが、そうした演奏を自身で歌を歌いながら披露し、後進のロックギター奏者に大きな影響を与えた。

 ヘンドリックスが変革した、そうしたロック・ギターの在り方を、70年代後半以降、さらなる高みに押し上げた真の改革者が、エディだった。

 78年発表のデビューアルバム「炎の導火線」で聞かせた、右手で指板上の弦をたたく「タッピング(ライトハンド奏法)」や、ひとつの音を超高速ではじく「ハミングバード・ピッキング」をはじめ、ピックで弦をはじく際のアタック音を早業で消し、バイオリンやオルガンのような音を出す「バイオリン奏法」といった、それまで誰も聞いたことがない特殊奏法に世界のギター奏者が腰を抜かした。

 加えて、あちこちの材料や部品の寄せ集めで作ったオリジナルのエレキギター、そして、マーシャル・アンプの電圧を特殊な方法で下げて作り出した超ヘビーで抜けの良いギターサウンドは、当時、誰もがまねしようとして成し得なかった魔術のようだった。

 当時「どうやったらこんなサウンドが出るのか」とあちこちから尋ねられ、めんどくさくなった彼が、ギター雑誌のインタビューなどで、本当は電圧を下げているのに、ふざけて「いや、あれは電圧を上げているんだよ」と逆のことを言いふらし、それをまねたギタリストたちがアンプのヒューズを飛ばしまくったのは有名な話。中には燃えたアンプもあったとか…。

 そして何より強力だったのが、米の鬼才フランク・ザッパをして「異常」と言わしめたロック界随一と言われる正確無比のリズム感だ。デビューアルバム収録の「アイム・ジ・ワン」の高速シャッフル(3連)のリフ(繰り返される楽曲の主題)はプロでも完全コピー不可能な超難曲だ。

 ヒーローは英ブルーズギター奏者、エリック・クラプトンなので、クラプトン直系のブルーズ・ギターのフレーズが結構、登場するのだが、サウンドの革新ぶりと高度過ぎる演奏技術のせいで、全くブルーズに聞こえないのが恐ろしい…。

 デビューシングル「ユー・リアリー・ガット・ミー」(78年)には、さらに笑える逸話がある。

 このデビュー曲、英バンド、キンクスの60年代の大ヒット曲のカバーだが、能天気な彼は、友達だった米ハードロックバンド、エンジェルのメンバーに「これが俺たちのデビュー曲だぜ!聞いてくれ」と発売前のこの曲をこっそり聞かせた。

 エンジェル側はこのカバーのあまりのすごさに仰天。「こんなものが発売されたら、俺たちのバンド生命が終わる」と焦り、ヴァン・ヘイレンより先に「ユー・リアリー・ガット・ミー」のカバーをシングルとして発売しようと画策した。しかしヴァン・ヘイレン側の米レコード会社、ワーナー・ブラザーズがそれを察知し、発売日を急遽(きゅうきょ)、繰り上げて乗り切ったのだった…。

 まだある。デビューアルバム「炎の導火線」の2曲目のインストゥルメンタル曲で、タッピングのすごさを世界に広めた「暗闇の爆撃(原題=イラプション)」。

 ロックギターを変えた伝説的な1分42秒だが、実はこの曲、当初、デビューアルバムに収録される予定ではなかった。このデビューアルバムの録音作業中、エディがたまたま指慣らしで弾いていたのが「イラプション」だったのだ。それを聞いていたプロデューサーのテッド・テンプルマンが仰天。「それは何だ!。演奏を続けろ。すぐに録音テープを回せ」と指示し、アルバムに収録される運びとなった。

 米歌手マイケル・ジャクソンと共演した83年のシングル「今夜はビート・イット」でのトリッキー過ぎるギター・ソロは間違いなくロック史に残る最高の名演だ。

 この楽曲が収録されたマイケルのアルバム「スリラー」(82年)の発売30周年に焦点を当てた2012年11月30日付の米CNN(電子版)の記事で、エディはこう述懐している。「当時、ロサンゼルス郊外シャーマン・オークスのタワーレコードで買い物中、店内に『今夜はビート・イット』が流れた。それを聞いていた客の少年たちが『この曲のギターソロ、ヴァン・ヘイレンのまねしようとしてるぜ』と話していたんだ。だから俺は彼らの肩をたたいて『俺が弾いてるんだぜ』って言ってやったんだ…」

 当時、黒人のマイケルの作品に、黒人がほぼ興味を示さない白人ロックの代表格、ハード・ロックやヘヴィ・メタル系のギター奏者が参加することなどあり得なかった。だから誰もがあのソロをエディが弾いているとは思わなかった。

 エディの起用は、「スリラー」をプロデュースした黒人の超大物プロデューサーのクインシー・ジョーンズの発案だが、彼は他にも、米バンド、TOTOの面々に演奏を頼むなど人種の壁に音楽で挑んだ。その心意気に打たれたかどうかは、今となっては分からないが、エディはノーギャラで「今夜はビート・イット」への参加を引き受けたのだった。

 ロックギターの概念を全て覆した“ロック界のスティーブ・ジョブズ”がエディだった。彼の手作りギターは、人造人間フランケンシュタインにちなみ「フランケンギター」と呼ばれ、米の音楽文化を変えたギターとして、スミソニアン博物館(米ワシントンDC)に寄贈されている。(岡田敏一)

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