大の大人とも闘う少女! 「少女A」ヒット直前の裏で…不可解なプロモーター外し

【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】

 1982年7月28日に発売された中森明菜のセカンドシングル「少女A」はチャートが初登場40位と思わしくなかった。だがワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)の邦楽宣伝課で明菜のプロモートを担当していた富岡信夫氏(現モモアンドグレープスカンパニー代表取締役)はユーザーの盛り上がりを肌で感じ始めていた。

 「デビュー曲の『スローモーション』とはレコード店の動きが明らかに違っていました。われわれはレコード店の仕入れ状況など毎日の動きを“デイリー”といってチェックしていますが、『スローモーション』と違って、とにかくスピード感があった。メーカーのプロモートはその動きを見ながら宣伝展開も考えますが、『少女A』は、初動を見ただけでこれはイケると感じていました」

 が一方、富岡氏には悩ましい出来事があった。

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