オリコン初登場58位に愕然も…「最終的に売れるのは明菜だ!」

【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】

 中森明菜のデビュー曲『スローモーション』は1982年5月1日に発売された。この日に設定したのは4月21日にデビューした石川秀美、さらには5月5日にデビューしたシブがき隊を外したギリギリの選択だった。

 「新人の中でも出遅れているのに、ゴールデンウイーク過ぎのデビューとなったらスタッフのモチベーションも落ちてしまう」とワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)で明菜のプロモーションを統括した寺林晁氏は危惧していた。が、それは表向きの理由で、実は「日本歌謡大賞」や年末の「日本レコード大賞」など主要な「音楽賞」を見据えていたのだ。

 「明菜だったら確実に新人賞を狙える」と確信していた寺林氏にとってゴールデンウイークのデビューが「ギリギリの日程」だと考えていた。

 寺林は明菜のために、その年の洋楽宣伝費まで回して1億円という巨額の予算を注ぎ込んだ。そのひとつが音楽業界誌『オリジナルコンフィデンス』の誌面を丸ごと買い取っての明菜特集だったが、さらに学研のアイドル誌『BOMB』では表紙、巻頭グラビアから特集記事まで約50ページの大特集も組んだ。現場のプロモートを担当していた富岡信夫氏は振り返る。

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