日本が生んだ国際的女優 京マチ子さん、マーロン・ブランドとも共演

 日本が生んだ最初の国際的な女優だった。

 昭和32年に日本で公開された米映画「八月十五夜の茶屋」では、ハリウッドの大スター、マーロン・ブランドを相手に堂々の演技を披露した。

 大阪松竹少女歌劇団(後のOSK)から大映の社長に口説かれて女優に転身すると、黒澤明や衣笠貞之助、溝口健二ら日本を代表する映画監督が手がけた名作に次々と出演した。

 出演作「羅生門」「地獄門」「源氏物語」「雨月物語」は、ベネチアやカンヌなど海外の映画祭で相次ぎ賞を受け、作品と同時にその演技が国際的に評価された。全米映画批評委員会は、「地獄門」の演技に対して「伝統的演技の近代的表現」であると特別演技賞を贈った。

 30年には映画使節としてベネチア映画祭に出席。そのまま欧米を巡る旅に出て、この間にブランドから共演の申し込みを受けた。翌31年に撮影が行われたのが「八月十五夜の茶屋」だった。

 39年の「油照り」でテレビ初出演後、活躍の場をドラマや舞台へと広げた。

 56年にドラマ「必殺仕舞人」に殺し屋役で出演した際、当時を振り返り、「世界的な賞をもらって晴れがましいな、うれしいな、ニタッと笑って、くすぐったいような気分でしたよ。でも、それが負担になったり重荷にはならなかった」と、さらりと言ってのけていた。

 63年には舞台の菊田一夫演劇大賞を受賞。最後の出演作となった舞台「女たちの忠臣蔵」(平成18年)の演出を手がけた石井ふく子さんによると、墓は自ら米ハワイで選んだという。日本映画の黄金期を生きた大女優は、海の向こうで眠ることになる。(石井健)

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