現状維持では何も生まれない バブル時代のクリエーティブパワーを未来に活用

【ABS流 令和NEWバブルのすすめ】

 「こんなところで札束を積まないでくださいよ」と言って私(カツア・ワタナベ)が周囲を見回したのは、仕事が終わってクライアントをパリの空港に送っていった時のことです。空港のカフェで現金で支払われた3日間の仕事の報酬は、当時の会社員の年収くらいでした。しかも、「これ少ないけど…」という言葉とともに。1989年6月のことでした。

 「世界中のラグジュアリーブランドをそろえたい」というファッションビルのオーナーからの業務依頼は、まさにバブルを象徴する出来事の一つでした。ロンドン、ミラノ、パリでラグジュアリーブランドのバイイング・ディレクション(買い付け指示)を行い、各都市の最高級ホテルに宿泊し、ミシュランの三つ星レストランで食事するという毎日。そのおかげで、世界の超一流のブランド、レストラン、ホテルなどの最高の商品やサービスを経験でき、本物を見極める目が養われました。

 私は日本のバブル期はパリでファッションの仕事をしていました。当時、日本はDC(デザイナーズ&キャラクターズブランド)ブーム。ヨージ・ヤマモト、コム・デ・ギャルソンがパリコレにデビューし、革新的なものを作るためにはお金に糸目をつけない究極の物作りを目の当たりにしました。

 それまでのフランスやイタリアの生地は高級素材を使った上質でフラットなものでしたが、ヨージ・ヤマモトらの生地は高級生地をわざわざ破いて縫い合わせたり、粉砕した石と一緒に洗濯して劣化させたり、多くの時間とお金とプロセスをかけて破壊・再構築したものでした。

 その姿勢は古い体制に対する挑戦であり、保守的な現状維持からは新しいものは何も生まれないという強烈なメッセージでした。今までの概念を破壊してイノベーションを起こす革命でもありました。

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