「安全はすべてに優先」北関東綜合警備保障 青木勲会長

トップが語る わが社の使命

 企業の合理化に伴うニーズや、国民の安全に対するニーズの高まりなど、社会の需要に応じて発展を遂げてきた警備業界。北関東最大手の北関東綜合警備保障(宇都宮市)は、民間企業でありながら災害対策に積極的に取り組むなど、業界黎明(れいめい)期から地位向上に力を注いできた。青木勲会長は「現状維持は即(すなわ)ち落伍なり」を座右の銘とし、「安全はすべてに優先する」を使命と考え、時代を先取りしてきた。(聞き手 鈴木正行)

 <創業者の父、忠三氏は宇都宮署長を務めた県警幹部。勲氏も警察官を拝命したが、34歳で退官して家業を手伝うことになった>

 営業先では、社長(忠三氏)の名前を出すと、「青木忠三さんの会社なら心配ありません」と契約してくれました。ただ、名前に頼っているだけでは会社は大きくなりません。テレビやラジオなどでコマーシャルを打つなどして知名度を上げていきました。

 昭和52年ごろには、現金輸送警備への参入を提案しました。今だったら現金輸送は当たり前でしょうが、当時は学校や市役所などの警備を主にしていたこともあり、社長ら社内から「危険が大きい」と反対されました。「これからの時代に必要だ」と反対を押し切って導入しました。

 <平成7年には、警備会社としては初めて消火用タンク車を導入。15年には独自のレスキュー隊を編成した。県内や契約先で災害が発生した際に現場へ駆けつけ、消火活動や給水活動などを行ってきた>

 初めてのことで何もわからず、操法訓練を宇都宮市消防本部にお願いしたら、「一企業には教えられない」と断られました。しかも、「車の色が赤すぎる」「ホースの口径を消火栓と同じにしてはだめだ」などと指示されました。レスキュー隊の訓練をお願いしたときも断られました。行政のなわ張り意識が強かった時代であり、県警出身の私としては、行政と民間の間で大きなジレンマを抱えていました。しかし、安全はすべてに優先する、というのが私たちの考えです。消火栓と同じ口径でなければ災害時に活動ができない、と根気よく説明して理解を得ました。また、塩谷広域行政組合消防本部の協力を得て、救助の方法などを勉強しました。

 今では、行政と民間が垣根を越えて協力する機会が多くなっています。新型コロナウイルス対策では、県から委託を受け、感染者療養施設での出入管理をしています。

 <国民の警備業界への要望もさま変わりした。ストーカーや不審者による犯罪の増加や、都市化などによる地域コミュニティーの希薄化などを背景に、家庭に防犯センサーやカメラなどを設置する「ホームセキュリティーサービス」へのニーズが高まっている>

 全てを機械化することは難しく、非常時には現場に駆け付けなければなりません。最後に必要なのはマンパワー。24時間、365日フル稼働できることを強みとして、サービスを築き上げています。

 <かつては自らも保護司を務めたほか、21年には刑務所出所者などの就労を支援するNPO法人県就労支援事業者機構の設立に携わり、同機構の会長、県保護観察協会理事長などを長年務めている。令和元年10月には、更生保護で功績のあった個人、団体に贈られる「瀬戸山賞」を受賞した>

 警察にいるときは犯罪者を捕まえることが仕事でした。しかし、民間の立場になって更生に対する理解が変わりました。誰一人として生まれながらに悪人はいません。どんな理由であれ罪を犯す者は許せませんが、更生保護活動の原点は、犯罪者を厳しい目で見るのではなく、就労を促して社会の構成員として居場所を作って迎え入れることであり、排除の理論ではなく受け入れの理論の精神で取り組むことです。

 <令和4年にはいちご一会とちぎ国体・障害者スポーツ大会を控える>

 安心・安全な国体開催のために、県内警備業界が一体となって取り組み、交通誘導や雑踏警備など万全な体制を整え、大会成功の一助になりたいと考えています。=随時掲載

 あおき・いさお 県立大田原高卒。県警本部退職後、昭和49年北関東綜合警備保障入社。平成5年に社長、29年6月から現職。県経営者協会会長、県日韓親善協会会長、NPO法人県就労支援事業者機構会長など他にも数多くの要職を務める。宇都宮市出身。82歳。

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